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前田智、超満員広島ファンの前で2000安打

2000本安打を達成し試合後、グラウンドを1周しファンにあいさつする前田智(撮影・渦原淳)
2000本安打を達成し試合後、グラウンドを1周しファンにあいさつする前田智(撮影・渦原淳)

<広島14-7中日>◇1日◇広島

 「孤高の天才」が、広島球場を埋め尽くした2万9541人の前で泣いた。広島前田智徳外野手(36)が史上36人目の通算2000安打を達成した。残り1本で迎えた中日戦。8回2死満塁で回ってきた第5打席で右翼線に2点適時打を放った。広島生え抜き選手では衣笠祥雄、山本浩二、野村謙二郎に続き4人目の快挙。両アキレス腱(けん)の負傷と闘いながら、なお打ち続ける不屈のバットマンがプロ18年目、1895試合目でたどり着いた偉業だ。

 両目がみるみる充血した。感情を抑えられない。前田智は言葉に詰まった。「ここまでのチームの戦いを考えると、悔しい思いがあった。その責任を考えると…」。前を見つめたまま、ふた筋の涙がほほを流れた。

 回ってこないはずの打席だった。1点を追う8回1死、9番の代打嶋の3ランで逆転した。この回に5番前田智まで回るには、3人の走者が出塁しなければいけない。だが、野球の神様はドラマを用意する。チームメートがつなぐ。2死満塁で前田智に打順が回ってきた。「今日はないと思った。梵、東出、新井…みんなありがとう。最高の形です。ここで打たんわけにいかなかった」と感謝した。2000安打目は、前田智らしいライトへ糸を引くライナーだった。

 「ただ、走りたかったんです」-。再び自由にグラウンドを駆け回る日を夢見る。高卒2年目からレギュラーに定着し、卓越したバットコントロールで「打撃の天才」といわれていた95年5月、一塁へ駆け込んだ際に右アキレス腱の完全断裂。ブチッと切れる音が聞こえた。「シーズンが終わったら手術するつもりだった。なんで(オフまで)もたなかったのか…。今でも引きずっている」。00年、今度は左アキレス腱を手術した。

 前田智の苦悩は終わらない。「今までとっさに出来たものができなくなった。致命傷だった。できるなら楽になりたかった。逃げるのは簡単だったが…それでも何とかしたかった」。

 引退を考えたことは1度や2度じゃない。守れない、走れない。3拍子そろったスタイルを取り戻せないジレンマ。アキレス腱をかばって両足の太もも、ふくらはぎ…すべてが痛んでいく。両足裏全体を覆うほどテーピングをして、グラウンドに出た。

 このままでは球団に迷惑が掛かる。04年オフ、パ・リーグへのトレードを申し出た。DH制のある新天地を求めたのだ。カープ一筋の男にとって一大決心だった。双方の都合でまとまらず、前田智はカープに残った。切り替えて翌05年、12年ぶりに全試合出場を果たし復活した。この日、地元の大観衆に囲まれ、万感の思いで言った。「ケガをして、チームの足を引っ張って…こんな選手を応援していただいて、ありがとうございます」。男泣き、感謝の涙だった。

 実は泣き虫だ。コーチに怒られては陰で泣いた。02年、復活本塁打の時には担当トレーナーに抱きついて涙した。苦い涙もうれしい涙も、前田智徳の歴史の一部だ。「今日のことは一生忘れない」。2007年9月1日に流した涙は、熱い記憶として、いつまでもその胸に流れていく。【柏原誠】

[2007年9月2日9時22分 紙面から]

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