仰天の発奮材料だ。ソフトバンク育成2位の地球環境・大滝勇佑外野手(18)の名前が、来年長野県佐久市に新設される母校のグラウンドに付けられることになった。6日、福岡市内のホテルで、育成ドラフトで指名された4選手の新入団会見が行われ、通信制初のプロ野球選手となった大滝が1日も早い支配下登録を誓った。

 その名もズバリ「大滝記念グラウンド」。まだプロでの1歩を踏み出したばかりの大滝が「今、グラウンドをつくっていて、名前が付くんです」と、照れ笑いしながら明かした。

 現在、工事が進み順調にいけば来年6月ごろには完成する。外野は人工芝を張る予定の本格的な練習場になる。正式名称は「佐久平中央グラウンド」だが、愛称として使用されるという。

 育成とはいえ、通信制高校から初、地球環境からも初のプロ野球選手誕生に、母校がビッグプレゼントだ。吉沢正直理事長(78)が大滝に「看板を立ててやるわ」と直接約束した。

 大滝自身が高校時代は専用球場がなく苦労した。入学前まで野球部が使用していたグラウンドが契約切れで使用できなくなり、学校の狭いスペースや室内練習場や近所のグラウンドを借りて練習してきた。それだけに、後輩たちが野球に打ち込める新しいグラウンドへの思いは強い。

 大阪出身で兵庫の強豪校へ進む予定だったが、私立は金額が高く、公立へ進路を変えた。そこで両親が「好きなところに行け」と途切れそうになった野球への道へ後押し。地球環境へ進学した。高校通算22本塁打のパンチ力と50メートル5秒8の俊足が武器。「足を生かして技術を向上していきたい。1年目からでも支配下に上がれるなら。自分の努力しだいなので」と力強く語った。

 グラウンドに書かれる「大滝」の名前を輝かすためにも、1日も早く2桁の背番号で福岡ヤフードームでのプレーを実現させる。【石橋隆雄】

 ◆大滝勇佑(おおたき・ゆうすけ)1994年(平7)4月5日、大阪府生まれ。天美小3年から軟式の松原ライオンで野球を始める。松原第五中では硬式の大阪狭山リトルシニアに入団。元近鉄の小川亨監督からいてまえイズムの打撃を学ぶ。長野の通信制・地球環境へ進学。3年春に甲子園に出場。高校通算本塁打は22本。50メートル5秒8。遠投は103メートル。右投げ右打ち。好きな言葉は「我が道をゆく」。

 ◆人名がつく野球場

 82年に北海道・旭川市の花咲スポーツ公園野球場が「スタルヒン球場」と愛称を命名したのが始まり。大分・別府市には「別府稲尾記念球場」、熊本・人吉市には「川上哲治記念球場」、秋田・能代市には「山田久志サブマリンスタジアム」と、伝説の名選手の出身地のケースが多い。現役では中日山崎がいる。08年に起きた岩手・宮城内陸地震の被災地、宮城県栗原市に寄付したことに感謝した栗原市が市営球場に「山崎武司球場」と愛称をつけた。兵庫・高砂市野球場は06年の国体で当時早実の斎藤佑樹(日本ハム)が、球場を沸かせた記念として「ハンカチメモリアルスタジアム」と愛称をつけた。