あこがれの世界王者の弟に教わる。アスリートとしてどんな気持ちだろう。

 「一緒にジムにいるときもあるのに、緊張してまだサインとか写真とか頼めてないくらいです」。

 弾む声で教えてくれたのは、7日の東京・後楽園ホール、セミファイナルのスーパーフェザー級(60キロ契約)8回戦に1回1分56秒KO勝ちした正木脩也(23=帝拳)。ボクシングを始めたきっかけは現WBA、WBC世界ライト級王者ホルヘ・リナレス(32=帝拳)。17歳の時にベネズエラから来日して帝拳ジムの門をたたき、輝かしいプロキャリアを歩み、3階級制覇を成し遂げた。先月の防衛戦ではロンドン五輪金メダリストのルーク・キャンベル(英国)を試合中にあばら骨骨折を負いながら判定で破ったばかり。この日、セコンドについたのはその弟カルロス・リナレス(28)トレーナーだった。

 「すごいですよね、そんな人に教えてもらうなんて」。

 コンビを組んだのは8月下旬。兄を追うように来日し、12年には日本ミドル級王座決定戦挑戦経験も持つカルロスが、帝拳ジムでの本格的にトレーナーとして勤め始めてからだった。「ホルヘに似ている」とカルロス・トレーナーに見初められ、練習前には「自分はホルヘや」と自らに暗示をかけて取り組む日々。すぐにストレートを打つ際のバランスの修正に取り組み、それまで上方に打ち気味だったパンチを、思い切って打ち下ろすように心がけた。まるでホルヘ・リナレスのように。

 それから1カ月強。効果はてきめんだった。7日の試合の1回、1発の右ストレートで10カウントを聞かせた相手は、決してかませ犬の外国人選手ではない。東洋太平洋同級9位シソ・モラレス(フィリピン)は、10年2月には世界タイトル挑戦の経歴も持つ。「正直怖かった」という強豪に対し、アゴを打ち抜いての一撃の幕切れは、どこか実感がなさそうに「右ストレートでダウンを取れてうれしい」と振り返ったが、ホルヘに近づこうとしたこの1カ月強の努力ゆえだった。勝利後のインタビューで真っ先に感謝の言葉を述べた教え子に、カルロス・トレーナーもうれしそうだった。控室では高揚しながらニコニコと勝利をたたえていた。

 スーパーフェザー級は内山高志、三浦隆司の名王者が今夏に引退し、新時代を迎えている。日本王座を返上した尾川堅一、その空位となったベルトをかけた7日のメインカードの王座決定戦で新王者となった末吉大は、同じ帝拳ジム所属で正木の先輩。東洋太平洋タイトルを返上した伊藤雅雪(伴流)など世界ランカーも含め、好素材がそろう。23歳、現在日本ランク6位の正木も、その群雄割拠についていきたい。

 あこがれは、現実感を増して、確実に良い化学反応を引き起こしている。まだ日が浅いカルロス・トレーナーとの歩みが、今度どうさらなる変化を見せていくか。注目していきたい。【阿部健吾】