スポーツを始める動機にはいろいろある。親やきょうだいをマネしたり、誘われたり、強制されたり。ボクシングはテレビを見てという例が多い。

 昔ならファイティング原田、取材するようになってよく上がった名は辰吉丈一郎。91年に当時の国内最短となるプロ8戦目で世界王者になった時は、所属の大阪帝拳ジムだけでなく、全国のジムで入門者が激増した。

 あとは漫画を読んで始めたボクサーも多い。最近なら「はじめの一歩」、以前は「あしたのジョー」だった。1冊の本との出会いが、人生を変えたボクサーもいた。

 勅使河原弘晶(27)はWBOアジア・パシフィック・バンタム級のベルトをつかみ、29年目にして輪島ジム初の王者となった。「炎の世界チャンピオン」を読んで、ボクサーを目指すことを決めた。スーパーウエルター級で2度世界王者になり、88年にジムを開いた輪島功一会長(74)の自伝だ。

 会長は北海道で中学から漁師の仕事につき、25歳でプロデビューした苦労人で、炎の男と呼ばれていた。勅使河原は図書室でこの本を手に取り、読み終わった時に人生を方向転換させた。

 図書室があったのは少年院だった。物心がついた5、6歳の頃、父が再婚した。この義母にさまざまな虐待を受けた。地獄の4年を過ごして、ついに交番に駆け込んだという。

 母はいなくなったが、中学から自暴自棄になって非行に走り、16歳で少年院に入った。院内でも傷害事件を起こしたが、あの本を読んだ日には「世界王者になる」と日誌に書いた。

 その後は改心して模範囚となり、卒院するとお金をためて上京し、真っすぐにジムへと向かった。「本にあった会長の根性と努力に打たれた。根性は元々ある。あとは努力すれば王者になれると思った」と振り返った。

 6年目の初のタイトル挑戦でベルトを巻き、会長へ恩返しとなった。まだ通過点で、次は世界のベルトをプレゼントしたい。建設現場で働きながら、さらなる高みへの努力を続けるつもりだ。【河合香】