胸にスッと入ってくるコメントだった。「今、自分ができることをやるしかないってことですね」。6月29、30日のWWE日本公演で一時帰国した中邑真輔のメリハリの効いた言葉は心地よく感じた。

WWE日本公演であいさつする中邑真輔(C)2018 WWE,Inc.All Rights Reserved
WWE日本公演であいさつする中邑真輔(C)2018 WWE,Inc.All Rights Reserved

 日本公演の直前となる6月25日のスマックダウン大会の前、警察犬にかまれて左足を負傷した。全治は2週間。「自分としては2年ぶりの東京。パフォーマンス、トレーニングと最善と尽くしてきた。まったく本当に想定していないことが起こった」と振り返り「もう悪夢としか思いようがないですよね。いろんな人に『何、笑い話を作ってるんだ』って言われましたよ。(自分は)シャレにならねえよと」。一瞬、くすぶる怒りを抑えているようにも見えたが、最終的には現状を受け入れ、消化している姿勢に中邑のプロフェッショナルを感じた。

 日本に同行していたWWEのトレーナー、ドクター、プロデューサーと協議し「その中で自分ができること」と、両日ともに松葉づえ姿でリングに上がった。第1日は自らの口で「悔しいワン」とジョーク交じりに欠場報告。サモア・ジョーの襲撃も受け、コキーナクラッチで絞められた。第2日にはサモア・ジョー、ダニエル・ブライアンを挑戦者に迎えたWWEヘビー級王者AJスタイルズのトリプルスレット形式の王座戦に乱入。前日に襲われたサモア・ジョーに対し、お返しの急所攻撃を見舞った。メインイベント後にはマイクを握り、WWEヘビー級王者なって帰国することを約束して大会を締めくくった。

WWE日本公演でのあいさつで笑顔もみせた中邑真輔 (C)2018 WWE,Inc.All Rights Reserved
WWE日本公演でのあいさつで笑顔もみせた中邑真輔 (C)2018 WWE,Inc.All Rights Reserved

 試合はしなくても、2日ともに中邑の試合を楽しみにしていた観客たちを喜ばせた。「少し無理した部分もありますけど」と苦笑しつつ「リングに立って足が痛いです。かわいそうでしょっていうのは中邑真輔ではない。いかに制約された中で、中邑真輔を落とし込めるかっていうのが、日々、日ごろやってきたことですから。それをみせるってこと」。言行一致した2日間をみせたと言っていい。

 好きなことばかりを仕事にできるわけではない。好きなことだけやってお金をもらえる時代でもない。取り巻く環境や世界、そして関係する人間に責任を転嫁し、不平不満を態度に示す人が意外に多いこの世の中。与えられた環境に不満を募らせ、あからさまに態度や行動で表す人も少なくない。最終的にすべてを受け入れ、現時点の最大限、フルパワーで目の前の仕事に取り組むことは容易ではないからなのだろう。「今、自分ができることをやるしかないってことですね」。簡単に聞こえるが、実に難しい行動なのだと思える。

15日のPPV大会でUS王座を獲得した中邑真輔(C)2018 WWE,Inc.All Rights Reserved
15日のPPV大会でUS王座を獲得した中邑真輔(C)2018 WWE,Inc.All Rights Reserved

 松葉づえ姿でもスーパースターとしての仕事をまっとうした中邑のプロの流儀。負傷の癒えた2週間後の7月15日のPPV大会エクストリーム・ルールズ(米ピッツバーグ)で、中邑は日本人3人目のUS王座(02年以降、WWEとなってからは日本人初)を獲得した。老若男女関係なく、彼の言葉に見習うことが多い。【藤中栄二】