かつて軍配は、行司の「姓」によって使う形が分かれていた、という説がある。木村姓はひょうたん型で、式守姓はたまご型、と。だが現在、ひょうたん型の軍配を使う行司は、十両格以上の資格者ではただ1人しかいない。木村庄太郎。その軍配は、異彩を放つ。

 表に「カギ」「火の玉」裏に「傘」「巻物」の絵が彫られ、さらに表裏透かした形で、太陽を模した「宝袋」と月を記した「剣」が刻まれる。仏教で宝とされている数々で、何より珍しい「透かし彫り」。宮内庁の依頼も受ける伝統工芸士、渡辺宗男氏が手がけた。

 穴が開いた軍配は強度が下がる。使う行司はめったにいない。だが、依頼した庄太郎は「せっかくつくっていただけるなら、変わった物が欲しかった」。通常より軽く、軍配も上げやすい。移動による破損を避け、用いるのは東京場所の数日だけと、貴重な一品だ。

 軍配が折れることは、まれにある。土俵上で転ぶ以上に、控えで力士が落ちてくると危ない。だから「後ろのお客さんには申し訳ないが、この軍配を持って真っ先に逃げます」と笑う。透かし彫り。その穴より勝負を見通し、自身はどこから見られても構わないという覚悟。その意で勝ち名乗りを告げる。【今村健人】