大関琴奨菊(32=佐渡ケ嶽)が初優勝し、日本出身力士として10年ぶりに賜杯を抱いた初場所。その陰で、涙をのんだ力士がいる。幕内豊ノ島(32=時津風)だ。小学時代から知る同い年で、中学時代には高知県の選抜メンバーのチームメートとして国技館の土俵で優勝の喜びを分かち合った。入門も同期の2人は17年の時を経て、ライバルとして同じ土俵でしのぎを削った。

 13日目に全勝大関に初めて、唯一の土を付けたのが豊ノ島。久しく遠ざかった日本出身力士の賜杯へ“つぶし合い”という形に「外歩けないです」と苦笑した。だが、初優勝に懸ける気持ちは同じ。10年九州場所では14勝を挙げながら、優勝決定戦で白鵬に敗れた経験もある。勝負師らしく「このまま優勝されたら悔しい。自分がするぐらいの気持ちで」と、プライドものぞかせた。

 千秋楽に琴奨菊の優勝が決まった瞬間は、支度部屋で腕を組み唇を結んだまま、まるで悔しさを抑えるように何度もうなずいた。そして誰よりも早く、反対の支度部屋まで駆けつけて握手した。

 豊ノ島 「よかったね。おめでとう」

 琴奨菊 「ありがとう」

 これ以上の言葉は必要なかった。

 表彰式後の支度部屋では、大関と万歳する関係者や一門の関取衆の中に1人、一門外ながら加わった。沙帆夫人は琴奨菊の祐未夫人と涙ながらに抱き合い、両親同士も手を取り合って喜びを分かち合った。それだけ、思い入れのある特別な存在。「優勝して一番うれしい人だし、優勝されて一番悔しい人」。そして「ドラマの1ページを開いた感じ。引退した後に2人で話したい一番だなと思う。思い出の一番になるでしょうね」と続けた。親友だからこそ言えた言葉だ。

 直後に開かれた琴奨菊の結婚式では「次に優勝争いができたら、必ず優勝する気持ちでいきます。これからも切磋琢磨(せっさたくま)して、仲良くしていきましょう」。2週間以上が過ぎた11日、NHK福祉大相撲が開催された国技館では「まあ、良かったのかな…と思いつつも、やっぱり悔しいです」と言った。2人のドラマの続きを、まだまだ見たくなる。【桑原亮】