地位が人をつくる-。古くから角界で伝えられてきた言葉だ。地位相応の立ち居振る舞いが求められ、とりわけ横綱ともなれば、全力士の範となることが要求される。前記の言葉は、求められる素養が、その地位に立てば自然と備わるという意味で使われる。新横綱の場合、既に自覚という部分では備わっている。

 横綱昇進が決まった先月25日、稀勢の里(30=田子ノ浦)は、求められる横綱の品格について「自分の中では見本、手本となる力士が、そう」と発し、さらに「これから伸びてくる若い力士も引っ張り上げないといけない」と続けた。角界の頂点を目指し公私の「私」だけを考えればよかった地位から、全体のことも考える「公」も求められる。“横綱初日”にして品格という部分では、まずは合格点といえよう。

 稀勢の里の横綱昇進で、さまざまな“化学反応”が期待される。横綱が述べた前述の「若い力士も引っ張り上げないと」の言葉の意味に、まずは弟弟子の高安(26)を大関に上げるという気持ちが込められていると思う。その高安の心中やいかに-。13日に、田子ノ浦部屋の稽古取材に訪れた際、胸の内を聞くことが出来た。「自分が上(大関)に上がることが、いろいろなことにつながる。自分が上がることで、どんな影響があるのかが分かりました。だから責任感を持ってやりたい。期待に応えたいです」。

 折しも当日は、初場所優勝の福島県知事賞の贈呈式が行われ、目の前の上がり座敷で稀勢の里が表彰される姿を目の当たりにした。茨城の同郷として、新横綱が故郷に凱旋(がいせん)する姿も、メディアを通して目にしただろう。もちろん稽古場で見せる横綱の風格も、目に焼き付けたであろう。初場所で2横綱3大関を破り11勝。大関取りの再スタートを切った高安が刺激を受けないわけがない。新横綱誕生は、1人の力士の闘志に火を付ける化学反応となって、確実に表れた。

 刺激を受ける力士は、いっぱいいる。17年ぶりの4横綱時代。4人が総当たりになる異なる4部屋での「横綱カルテット」となると80年九州場所以来、約37年ぶりとなる。だが4横綱時代は、過去の例では長くは続かない。年齢的な衰えやケガが原因で自然淘汰(とうた)され、ほどなくして引退に追い込まれるケースが多々、あった。モンゴル出身の先輩3横綱も指をくわえて見ているわけにはいかない。

 “眠れる大器”に火を付けた上位陣にも「オレも続く」という気持ちが芽生えておかしくない。そもそもは昨年初場所、琴奨菊(33=佐渡ケ嶽)が初優勝したことが稀勢の里の導火線に火を付けたと言っても過言ではないだろう。同秋場所の豪栄道(30=境川)の全勝優勝もしかり。30歳6カ月で頂点に立った大器晩成の新横綱に、平幕のベテラン勢も勇気づけられたであろう。大相撲春場所(3月12日初日、エディオンアリーナ大阪)は稀勢の里の動向とともに、そんな周囲の化学反応にも期待したい。【渡辺佳彦】