1年前と違う平和な九州場所が終わったと思ったら、貴ノ岩が付け人を殴った。1年前に殴られた人が、殴った。たまげた。でも、驚きは結構早く冷めて「まあそんな簡単にはなあ…」と思った。

先日、大阪市立大大学院生ボクサー坂本真宏(27=六島)の世界戦発表会見を取材した。「陽極酸化チタン中空シートの水熱法によるチッ素ドープ」という、三十数年前、くしくも大阪市立大に落ちた(工学部でなく文学部でしたが…)私なんぞでは理解できん修士論文を手がける“理系男子”だ。そんな彼に半年ほど前、聞いたことがある。

「キミみたいな子が、何でボクシングなん?」

「う~ん…」としばらく考えて「非日常にひかれたって言うたらいいんですかね。人と人が殴り合うって、普通ないでしょ?」

原始的な欲求やなあ、と思った。同時にやっぱりそうか、とも思った。荒っぽく言えば、ケンカが強いか、弱いか。“雄の本能”と言うてもええでしょう。

さて、相撲の稽古を見たことあります? 四股、すり足、てっぽうにはじまり、相撲をとる申し合いをばんばんやって、締めが相手の胸にバシンと当たって、押し込むぶつかり稽古。部屋によって多少の違いはあるけど、まあえげつない、厳しい。序ノ口、序二段、三段目、幕下と番付を上げて、給料がもらえる十両、幕内の関取になるには、強くなるには耐え抜かんといかん。相手を力ずくで負かす力をつけんといかん。力で成り上がってなんぼの世界は、まさに非日常です。

一般社会ですら、暴力反対、体罰禁止の意識が定着するのには、長い時間を要しました。私が中学生やった40年程前なんか、まだ全盛期。野球部ではケツバットやビンタは日常の風景やった。担任の先生には、クラスの人数分、40枚以上を丸めた“ざらばん紙”で横っ面を張り飛ばされたこともある。ただ、格好つける訳やないですが「悪いことしてんから…」と思える時は納得してた。当たり前と思ってました。

相撲界なら、なおさらでしょう。肉体的痛み、苦痛に慣れきった人の集まりです。非日常が日常にある世界です。「手を出すまでのハードル」が世間より低いのは、ある意味で当然のように思います。誤解を恐れずに言えば、それが体罰であるなら「まああかんねんけど…」程度の行為やったはずです。

暴力、体罰って何なのか? 自分がされたら嫌なことを他人にしない。人の尊厳を傷つけない。協会も、力士も、とにかく1人1人がそこを心底理解して、心掛けんと、事件はきっとまた起こる。相撲界が暴力と決別する日が来ることを願いながらも、心底難しい問題やなあとも思う、今日この頃です。【加藤裕一】