秋場所6日目、NHK大相撲中継で名実況があった。朝乃山-豪栄道戦、取組中に行司の木村玉治郎が足をもつれさせて転倒し、土俵下に落ちていった。NHKの佐藤洋之アナウンサーは、こう実況した。

「張っていきました豪栄道、もろ差し狙いだ。巻き替えた朝乃山、右四つ。豪栄道が左の前まわしを引いている。あ、行司が消えた。上手投げ~、勝ったのは朝乃山。朝乃山が勝ったんですが、玉治郎が土俵の外に吹っ飛ばされてしまいました。朝乃山、これで連日の殊勲の星です」

文字通り、玉治郎は画面中央から左へ、サッと消えた。「転倒した」「つまずいた」ではなく「消えた」と表現した言葉選びのセンス、適度に驚く抑揚、ハプニングに固執せず朝乃山の白星をたたえてフォローするなど、アナウンスの技量が凝縮され、機転が利いていた。

NHKアナウンサーの話を総合すると、実況する時は、土俵を直接見るよりも、モニターを見る方が多いという。というのも、複数のカメラで撮影された映像が切り替わるため、適宜反応しなければならないからだ。土俵でなく、視聴者と同じ画面を見ていたからこその「消えた」なのかもしれない。

AbemaTVの大相撲LIVEで実況を務めるフリーアナウンサーの清野茂樹氏は「『行司が消えた』は名実況だと思う。巻き戻して何度も見てしまった」と指摘し「最初に聞いた時はびっくりしました。取組以外のことは言わないという選択肢もあり、取組後に言ってもよかったのかもしれません。でも、記憶に残るという時点で名実況。すごくよかったと思います。速い相撲の中でズバっと言った。条件反射で言ったと思いますね」と解説。佐藤アナは同業者もうならせた。

実況だけでなく、審判や呼び出しもプロだった。

この一番で、赤房下の審判を務めた竹縄親方(元関脇栃乃洋)は、目の前を横切って消えた玉治郎に目もくれず、土俵上の力士2人を凝視し続けた。これについて聞くと「相撲を見る方が仕事だから」ときっぱり。目の前に玉治郎が落ちてきながらも水おけを守った呼び出しの照矢は、こう締めくくった。「びっくりしましたが、みんな無事で良かったです」。

【佐々木一郎】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)