強引とも思える荒っぽさと、屈辱と引き換えに得た慎重さを兼ね備えて、あの男が関取復帰まで、あと1歩のところまで戻ってきた。大相撲九州場所(11月10日初日、福岡国際センター)を、西幕下10枚目で迎える大関経験者の照ノ富士(27=伊勢ケ浜)だ。

相撲を取る稽古を見たのは、もう1年以上も前のことだった。初日を4日後に控えた6日の時津風部屋。部屋の宝富士、照強の関取衆とともに照ノ富士は出稽古にやってきた。この日も基礎運動や若い衆相手の稽古に終始するだろう、という読みはアッサリ外れた。開放感あふれる、柔らかな日差しが差し込む屋外の稽古場。熱気に誘われるように、照ノ富士は関取衆による申し合いの輪に加わった。

豊山、錦木、正代と前頭9~14枚目に名を連ねる幕内力士を相手に外四つ、もろ差し、肩越しに上手を取っての寄りと力強く攻めたてる。4番目には正代をつり寄りで土俵を割らせ、再び相まみえた押し相撲の豊山を逆に押し出した。さすがに息が切れたのか6連勝のまま、いったん休憩。数番置いて再び土俵に上がると豊山、正代、十両の東龍、最後に豊山と大型力士を次々とねじ伏せ、10連勝で締めくくった。

「逆に今日のオレ、どんな感じだった?」。稽古や本場所の相撲内容を振り返ってもらおうとする報道陣の問いかけに、こう返すのはいつものことだ。「(関取が稽古で締める)白まわしを(照ノ富士が)締めていなかったのが不思議な感じだったよ」。それほど、番付に開きがある幕下と関取衆の稽古とは思えないほどだった。そう返すと、ニコッと笑って「やることは、やってきたから。これが場所の結果として出たらいいかな」と言った。

この日の稽古内容は「上半身だけなら(関取衆に)負ける要素はないから、つかまえられればね」と振り返った。それは想定内として、この日、確かめたのは「当たって、そこからの足の出方とか。前に比べて、すり足もちょっとずつ出来るようになってきたんだ」と、両半身のバランスをチェック事項に挙げた。上半身のパワー任せの相撲では、手術までした両膝に負担がかかるだけ。下半身も「鍛えるだけ鍛えている」という。この日の関取衆との10戦全勝も、力の入れ具合など「もちろん、本場所とは違う。みんな調整している(段階)」と額面通りには受け取らない。両膝のケガ、内臓疾患で大関陥落から2年。4場所連続全休などで番付を序二段まで落とした。この間に味わった、引退の2文字さえ頭をよぎった暗闇の日々の中から、勢いに任せない慎重さも備わってきたように思える。

土俵復帰から7戦全勝、3場所連続6勝1敗で、関取復帰が見えてきた。今場所後の関取復帰には7戦全勝が求められる。大関経験があるとはいえ、そう簡単に幕下上位は勝たせてくれない。それでも照ノ富士なりに復活ロードの青写真を描いている。「来年の名古屋場所で幕内にいられればいいかなと思ってる。4場所で、きっちり戻れればということを意識して、それに向けて頑張ってるんだ」。

それ以上は言葉を続けなかったが、名古屋に何か思い入れでもあるのか、気になって帰り際に聞いてみた。「(東京)オリンピック前に幕内に上がりたいんだ」。大相撲がどう、東京五輪とかかわるのかは現段階では分からない。98年長野冬季五輪の開会式で横綱土俵入りなど幕内力士が参加した映像が、照ノ富士の頭にあるのか…。それも1つの夢、モチベーションとして持つのも悪くはない。今場所を含めた4場所で再十両、そして再入幕へ-。ハードルは低くないが、自分をそう鼓舞できるだけの精神的な強さを支えに“元大関”が復活ロードを歩む。【渡辺佳彦】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

申し合い稽古で豊山(背中)を、もろ差しに組み止める照ノ富士
申し合い稽古で豊山(背中)を、もろ差しに組み止める照ノ富士