用あって出社後の帰宅途中、ふと気になって両国に寄ってみた。当たり前のように通い慣れた、いつもの“職場”付近はどうなっているんだろう-。国技館の建物そのものは、いつもの威容を誇っているように見える。風も爽やかな晴天の昼下がり。だが、やはり何かが違う。

本場所の開催を告げる各種掲示物はなく、前売り状況を示す電光掲示はブランクのまま。周囲も閑散とし当然のこととはいえ、空虚感は否めない。本来なら8日に夏場所初日と2日目の取組が決まり、10日に初日を迎えるところ。その初日を2週間延ばして開催を目指したが、それも中止を余儀なくされた。

両国国技館の背後にそびえる高層タワー。完成したばかりのホテルは、5月1日から新型コロナウイルスの軽症・無症状感染者を受け入れる宿泊療養施設になった。このコロナ禍が終息を迎え本場所が通常開催できる日を迎えたあかつきには、このホテルが地方から観戦に訪れる宿泊客でにぎわうことを願わずにはいられない。

夏場所中止は4日に決まった。「今回ばかりはそうなるはず」とは思っていたが、実際に八角理事長(元横綱北勝海)のコメントが流れると、決断の重さに現実を突きつけられた思いだ。一方で、何事もネガティブにとらえていたら心がむしばまれるだけだ。少しずつでいい、気持ちを両国国技館開催の7月場所に向かわせればいい。ケガを抱える力士はその療養期間が出来たととらえればいいし、技術的向上を目指す者は本来はない本場所間の4カ月を「錬成期間」と考えればいいのではないか。

もう1つ。夏場所中止決定直後に、ふと考えたことがある。図らずも7日付の日刊スポーツ本紙に寄稿してもらった漫画家・やくみつる氏が望んだ、力士のSNSの解禁だ。スポーツ各紙やテレビのスポーツコーナーで、スポーツ各界からアスリートたちの近況がSNSで届けられている。いずれも中止や延期を余儀なくされた選手たちの、今の思いやファンに向けられたメッセージ性の高い言葉であったり、近況報告であったりする。

これが相撲界にも波及できないか。今から半年前、一部力士の悪ふざけの動画がアップされたことで、力士らの個人的なSNSは現状で禁止されている。その活用できない痛みは、当人のみならず協会員全員が分かち合ったはずだ。発信元になることの責任感、しかるべき社会的地位に立っている自覚を再認識する機会になるのではないか。

ファンや応援してくれる関係者への現状報告、子どもたちや力士も世話になっている医療関係社への励ましのメッセージ…。このご時世、発信内容もごく普通の常識的なものに限られるはずだ。それが力士たちに出来ないとは思えない。そうして本来、SNSが果たすべき役割を理解できる好機になるのではないか。解禁後、再び前述のようなことが繰り返されたら厳しい処分を下せばいいと思う。肖像権や個人情報など難題もあるだろうが、これほどの歴史的有事に際して、思い切りがあってもいい。

先日、滋賀県の三日月知事が、外出自粛要請の標語「ステイ・ホーム」を「ステイ・ホームタウン」へ変更することを提唱した。緊張の中にも緩和を織り交ぜたうまい言葉だと思う。角界の目標も、無観客開催ではあるが7月19日初日の7月場所に定まった。感染予防策には細心の注意を払いつつ、徐々に日常を取り戻す-。八角理事長が常々、口にする「相撲は単なるスポーツではない」という神事性は、無観客でシーンと静まりかえる中でも15日間を乗り切った春場所で、記者としても体感できた。その神事性を保ちつつ、ファンが求める情報解禁に少し、足を踏み込んでもいいのではないだろうか。【渡辺佳彦】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

夏場所中止が決まった両国国技館正面入口。左の高層タワーは新型コロナウイルス軽症者等の宿泊療養施設となったホテル
夏場所中止が決まった両国国技館正面入口。左の高層タワーは新型コロナウイルス軽症者等の宿泊療養施設となったホテル