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亀田新王者!2-1微妙判定/ボクシング

1回、ランダエダの右フックでダウンした亀田
1回、ランダエダの右フックでダウンした亀田

<プロボクシング:WBA世界ライトフライ級王座決定戦12回戦>◇2日◇横浜アリーナ◇1万5000人

 亀田が苦闘の末に世界ベルトを巻いた。WBA世界ライトフライ級2位の亀田興毅(19=協栄)が同級1位ファン・ランダエタ(27=ベネズエラ)を2-1の微妙な判定で下し、初挑戦で世界王座を手にした。1回に初のダウン、6回には初めて右目上をカット、初の12回を戦い抜く未知の世界を乗り越えた。トレーナーの父史郎氏(41)に世界ベルトをささげ、初めてうれし涙を流した。これで日本人としては井岡弘樹、ファイティング原田に続く10代世界王者となった。

 おえつを漏らした。父ときつく抱き合った。むせび泣いた。涙がほおを流れた。亀田が何よりも欲しかった世界ベルトはトレーナーの父史郎氏に巻いてもらった。「どんなもんじゃーい! 親父(おやじ)のボクシングが世界に通用することが証明できて良かった。これは親父にプレゼントします。親父、ありがとう!」。泣きながら横浜アリーナを超満員にした1万5000人のファンに絶叫した。史郎氏に肩ぐるまされ、両目を閉じてガッツポーズを繰り返した。

 夢の始まりは最悪に近いシナリオだった。初回。ランダエタの右フックにダウンした。初めてキャンバスに倒れた。6回にはキレ味十分の相手パンチで右目上をカット。初めて目の周辺を切った。中盤以降、得意の両ボディーで追い詰めるが倒せない。11回はクリンチを3度も繰り返して意地だけで立った。支えはセコンドにいた父だけだった。「地に足がついてなかった。コーナーに戻って気持ちを切り替えていけと言われた」。1回、11回の終了後、強烈なビンタをもらってわれに返れた。

 悔し涙で強くなった。4歳で強制的に空手道場に通わされ、毎日泣いた。プロ4戦目でKO勝ちを逃し、人目をはばからずに泣いた。昨年1月には、当時の日本バンタム級王者サーシャ・バクティンとのスパーリングで圧倒され、部屋で1人泣いた。「悔しいと勝手に流れてくる。負けたくないから。オヤジに『泣くな』と言われても涙が出る」。今でこそ注目の亀田流トレだが、失敗作も多かった。無茶な練習がつらかった時期もある。くじけた時には父史郎氏の言葉を信じた。「お前はホンマの実験台やけど、実験台では終わらさへん」。世界の頂点で父と「初めて」(亀田)うれし涙を流すことができた。

 貧乏だった。グリーンツダ所属時代は、亀田一家が自費で都内のジムに出げいこするとご飯を減らした。宿泊費と交通費がかさむため「大毅、和毅もいて親父が大変やから」と気を遣って食べなかった時期もある。昨年5月の協栄移籍後、お金を手にした。人気も出た。ただ一番欲しかったのはどれでもなかった。「これだけを見ていた」。思わず世界ベルトを抱きしめた。

 ダウンした。苦戦した。亀田とセットのKO勝ちもできなかった。本人も認める微妙な判定勝ち。亀田は「ぶざまな試合をしてすんません。あかんよ。悔しいな。これも勉強。次はもっといい試合見せる」。大みそかの次戦はKOですっきり勝つ。8月2日。横浜から亀田のカリスマ伝説が始まった。【藤中栄二】

[2006年8月3日9時18分 紙面から]

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