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亀田の少年時代は孤独 19歳の新チャンプ

 WBA世界ライトフライ級王者の亀田興毅(19=協栄)の少年時代は、ある意味で「孤独」だった。家族との密接な関係と相反するように、同世代の友人とは距離を置いた。もちろん亀田を怖がる同級生が、近づこうとしなかった面もある。しかし、亀田は自ら遠ざかった。すべては未来の夢、ボクシングで世界の頂点に立つため。練習の障害となるものは、自ら壁をつくり、排除していった。

 亀田が天下茶屋小時代に同校で教えた、ある教諭は「4年生までは毎日まじめに学校に来ていました。宿題もするし、友達とも普通に遊んでいました」。だが11歳でのグリーンツダ入門と同時に、亀田に変化が訪れる。ボクシングに集中するため、友人やクラスメートとのかかわりを拒否した。

 「最後に頼れるのは自分しかおらんのや」。亀田と同世代のある天下茶屋中卒業生は、亀田のこんな言葉を聞いたことがあるという。リングでは友人関係など必要ない。そんな結論に達した時、自分が強くなるための言葉しか受け入れなくなった。たとえ担任の先生が何を言っても耳を貸さない。

 WBC世界バンタム級13位健文エスプロシボ・トーレス(18=大鵬)は小4で天下茶屋小に転校。1歳上の亀田と知り合った。

 トーレス「最初は結構一緒やったのに、興毅は『友達なんか邪魔やから、おらんでもええわ』と言うようになった」。

 同じ空手道場にも通っており、自宅でテレビゲームやトレーニングをする間柄だったが、亀田がボクシングを本格的に始めてから疎遠になった。中学入学後は亀田の一匹おおかみぶりが加速。ポケットに手を突っ込み、肩をいからせて廊下を歩く。話し掛ける生徒は誰もいなくなった。

 トーレス「興毅の口から『うん、分かった』という言葉を聞いたことがない。あいつは誰に対しても素直じゃなかった。ただ、おやじの言うことは何でも聞いてたよ」。

 小、中学生といえば、友達と遊びたい盛り。甘い誘惑は、常に身近にあった。しかし、亀田は父史郎氏だけを信じた。「おやじに世界王者のベルトを贈るんや」。その思いだけで、ストイックな世界に身を投じた。

 2日、新王者のコールを聞いた亀田は、まるで子供のように泣きじゃくった。子供の時代には普通にあるものを犠牲にしてつかんだベルト。それはまだ19歳とはいえ、歴史が詰まった涙だった。

[2006年8月8日9時14分 紙面から]

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