内藤語録
信じられない
「20%を超えるとは信じられない。全力で戦う姿を見て欲しかったからね。メッセージが伝わったかな。たくさんの人に見てもらえれば、自分の気持ちも高まる。ファンの期待を裏切らないよう、まだまだレベルアップを目指します」=08年3月10日=V2戦の視聴率が関東地区で26・3%、瞬間最高視聴率が35・7%をマークしたことを知らされて。
かみさんには苦労かけたからね
「家族に恩返しがしたいな。かみさん(真弓夫人)には苦労をかけたからね。後輩たちが頑張れば家も買えると思ってくれれば」=08年3月9日=V2一夜明け会見で家賃約8万円のアパートを出て、持ち家を購入する考えを明かす。
33歳のくせによくやれた
「練習をやってなければ今日みたいなボクシングになっていない。オレは負けたら終わりだから。作戦勝ち。くっついて殴り合ったら、相手の土俵になるからね。素直に喜びたい。33歳のくせによくやれたと思うよ」=08年3月8日=徹底したヒットアンドアウエー作戦で強敵ポンサクレックと引き分け、2度目の防衛に成功。
いじめられていた男が世界に
「体が小さくて、いじめられていた男が世界に立ち向かう。その姿を見てほしい。オレはいつもがけっぷち。前回のポンサクレック戦も大毅戦も負ければ引退だったからね」=08年3月7日=ポンサクレック陣営が試合前日の調印式で用意されたグローブにクレームをつけ、変更を要求。あからさまな「嫌がらせ」に動じず、反骨精神を燃え上がらせた。
やることはやった
「33歳がやる練習ではないからね。10代の選手たちと同じきついメニューをこなしてきたことが身になった。やることやった。あと5日、このままの状態でリングに上がりたい」=08年3月3日=ポンサクレック戦の予備検診で胸囲が過去最高の86センチをマーク。過酷なトレーニングで肉体も運動能力も向上していることが分かった。
Gacktさんに恩返し
「初対面から気が合った。当時は無名でしたが、Gacktさんは関係なく接してくれた。本当にありがたいし、うれしい。今までも力になってもらったし、恩返しの意味でも、いい試合をして勝ちます」=08年2月28日=ポンサクレック戦でGacktが君が代を独唱することが明らかに。日本王者時代の3年前、知人を通して知り合った。
勇気を持ってくれたら
「いじめられっ子が本を読んで、勇気を持ってくれたらうれしい。負けたら『いじめられっ子のチャンピオンベルト』ではなくなるので、絶対勝ちます」=08年2月15日=自叙伝「いじめられっ子のチャンピオンベルト」を発売することが明らかになり、改めて4度目のポンサクレック戦の必勝を誓う。
期待を裏切りたくない
「順調に来ていますよ。ファンの期待を裏切りたくない。また国民の期待に応えられるよう頑張る」=08年2月6日=V2戦へスパーリングを開始したが、1月下旬からフィリピン・セブ島で極秘合宿していたことが明らかになった。
次負けたら終わり
「もう試合まではバラエティー番組には出ません。まず目の前の試合を勝たないと。自分は常にがけっぷち。次負けたら終わりですから」=08年1月18日=ポンサクレックとのV2戦が3月8日(両国国技館)に正式決定し、会見で決意を語る。
ボク自身も見たいカード
「ボク自身も見たいカードだし、タイトルを保持していたら戦いたい」=07年12月28日=都内の宮城野部屋で横綱白鵬と相撲トレ。亀田興毅との対戦に前向きな発言をし、兄弟連勝を見据えた。
最近は練習に集中している
「以前に収録が終わったものばかり。最近は練習に集中している。アウエーのタイでも勝ち抜ける体をつくる」=07年12月18日=沖縄キャンプを公開。予定されるポンサクレックとのV2戦へ徹底した走り込みを消化した。相次ぐテレビ出演で本業への影響が心配される中、気持ちの切り替えを強調。
ボクはうそは言わない
「いじめは絶対なくさないとだめ。ボクはうそは言わない。相談する人がいないのなら、宮田ジムに電話してきてください」=07年11月19日=札幌市内の中学校での講演でいじめ撲滅を訴え、生徒たちの相談相手になることを約束した。
ネチネチ言いたくない
「ガッカリですよ。本当は『チャンピオン、強かったですね』って声をかけられたかった。でも、ネチネチ言いたくない。オレはいじめっ子じゃないからね」=07年10月15日=JBCが亀田大毅の反則問題で処分を発表。試合後から同問題関連の報道であふれ返っていたことにうんざり気味で「終結」を宣言。
全部反則なんですよ
「赤いのはパンチじゃないですよ。全部サミング(目をえぐる)の反則なんですよ。(史郎氏も試合前に)突っ掛かってきて『てめえ、このやろう』と脅しですよ。ボクシングは町のけんかではなく、スポーツなんですから」=07年10月12日=両目を赤く腫らして初防衛一夜明け会見。亀田大毅の反則行為と父史郎トレーナーの威嚇行為を強い口調で批判した。
国民の期待に応えられた
「ポンサクレックに比べて全然弱かった。亀田(大毅)に黒星をつけたということで、国民の期待に応えられた。喜びを誰に? 国民です。でも(大毅は)思った以上にいい選手。パンチも当たらなかったし。もっとクリーンに戦えばいいのに。反則が上手だったね。切腹? 最初からやらないのは分かっていたから何も言いません」=07年10月11日=大差判定で亀田大毅を下して初防衛に成功。大毅の反則行為の連続に皮肉を交えながらコメントしたが、切腹発言については大人の対応を見せた。
切腹?俺はしないよ
「(亀田大毅の「負けたら切腹するよ」発言に)本当にやんの? 負けたら絶対にやれよ。何で切腹すんの? オレ? オレはしないよ。アンチ亀田の国民の期待に応えられるよう頑張ります」=07年10月10日=試合前日の調印式で亀田大毅の切腹発言に余裕の対応。
コンビニが1番
「家で嫁さんに作ってもらうと余計なものも食べちゃう。コンビニが1番。今も8時間は眠れるし順調です」=07年10月8日=朝は菓子パン、夜はスープの1日300円コンビニメニューで10日間の減量生活を終了。ウエートは50・8キロのリミットまで落ちた。
オレが18歳の時は…
「18歳の時、オレは童貞だったもんな。大人と子供の戦い。負けられねえなあ」=07年8月24日=長野・車山高原で合宿を開始。30日の33歳の誕生日を前に亀田大毅との年齢差をジョーク交じりで。
カラオケ教室に行く!
「カラオケ教室に行く! 大毅戦まではボクシングに集中するけど、それが終わったらカラオケの練習をする」=07年8月22日=ラジオの生番組にゲスト出演してケツメイシの「さくら」を披露したが、テリー伊藤に「カラオケの実力は挑戦者」とダメ出しされ。
ゴキブリに負けたらゴキブリ以下だよ
「バカにし過ぎでしょ。自分たちが言われたら激怒するのにね。勝手過ぎる。でも『怪物VSゴキブリ』でいいよ。ゴキブリのオレに負けたらゴキブリ以下だからね。大毅の怖さ? 自分を強くて格好いいと信じ込んでいること。まだボクシングの怖さも知らないからね。まあ、勘違いを思い知らせますよ。(大毅から『しっかり準備しておけ』と言われたことに)相変わらずアホですね。それ、チャンピオンの発言でしょ。やはり勘違いが一番怖い。ボクがKOで勝ちますよ。国民の期待を背負うつもりで戦いたい」=07年8月21日=同16日に初防衛戦(10月11日)が正式決定後、初めての会見。再三「ゴキブリ」と挑発されたことに反撃開始。
トップセールスマンになりたい
「いっぱい、いっぱい、故郷の名前を売りたい。宮崎の東国原知事のように、トップセールスマンになりたい」=07年8月10日=北海道の高橋はるみ知事に世界王座獲得を報告後、故郷のPR大使になることを宣言した。
何でいつも呼び捨てなんだ
「何で『内藤』といつも呼び捨てなんだ。ボクシングでは負けないが、怖いのは大観衆の前でカラオケをする度胸。カラオケは弟子入りしたい」= 07年8月6日=亀田大毅のWBC世界ランク入り内定で対戦が現実味を帯び、14歳下の相手を挑発した。
見えないパンチを出しますよ
「ポンサクレック戦では出すのを忘れちゃったから、今度は大毅用に『見えないパンチ2』を出します。もう完成して、これから磨き上げる。まあ楽しみにしてください。みんなが注目する中で、得意のフックを打ち込みますよ。やってやりますよ。亀田兄弟と日本人の初対決ですからね」=07年8月1日=初防衛戦の相手が確定していないにもかかわらず、亀田大毅一本に目標を絞って練習を再開。秘密兵器の「見えないパンチ」を用意していることを明らかにした。
兄弟どっちでもいいよ
「兄弟どっちでもいいが、兄の方が強いからね。史郎さんは僕をゴキブリと言ったけど、地球が滅んでも最後に生き残るのはゴキブリですよ」=07年7月29日=亀田家の二男大毅が王座挑戦の意向を表明したことに対して。
新聞の1面にウォーッ
「コンビニでスポーツ新聞の1面を見てウォーッと思った。店員さんに新聞を見せて『誰これ?』と驚かせたらびっくりしてました。(亀田戦は)ファンは見たいカードだと思うし、ボク自身も見たい。ボクシング人気を盛り上げるためにも対戦したい」=07年7月19日=歓喜の世界王座奪取一夜明け会見で亀田興毅との対戦意思を聞かれて。
夢中でした…
「夢じゃないかと…。勝っているかどうかは分からなかった。夢中でした…。これで亀田とは立場が逆になった。対戦については今はあえて何も言いません」=07年7月18日=3度目の挑戦でポンサクレックに判定勝ちしてWBC世界フライ級王者に。ポンサクレックが12月にタイで20度目の防衛戦を計画し、亀田興毅陣営が王者側と次の防衛戦で対戦交渉していたことに発奮。
面白い試合で魅せて勝ちます
「支えてくれる皆さんのためにも勝って恩返ししたい。3度目の今度こそ、面白い試合で魅せて勝ちます」=07年7月6日=ポンサクレック戦が関東ローカルながらMXテレビで生放送されることになり、大口スポンサーも3社決まった。
ファイトマネーはゼロでも…
「ファイトマネーはゼロでいい。リングに上げてください」=07年5月31日=ポンサクレックへの3度目の挑戦(7月18日)を発表も地上波のテレビ放送が実現せず、スポンサーはゼロ。宮田会長と異例の支援お願い会見に臨んだ。
右目は見えなかった
「右目は見えなかったですね。血がこんなに目に入ったのは初めて。今日やったポンサクレックは強いとは思わなかった。でも、負けたから意味がない。日本人はキャリア不足。キャリアさえ積めば世界王者になれる」=05年10月10日=右目上をカットしてポンサクレックに7回負傷判定負け。2度目の世界挑戦も実らず。
抱きたいのはWBCのベルト
「かわいいですがオギャー、オギャーとうるさい感じ。子供のために頑張るつもりはない。格好良く言えば今、抱きたいのはWBCのベルト」=05年10月5日=ポンサクレックへ2度目の挑戦を前に公開練習。8月に長男亮ちゃんを出産した真弓夫人が育児専念で、自ら食事を用意しなければならない逆境に耐えながら。
亀田選手を指名したい
「僕が勝ったら亀田選手を対戦相手に指名したい」=05年8月17日=ポンサクレックに2度目の挑戦が決まり、王者にリベンジを果たせば挑戦者に亀田興毅を指名すると宣言した。
ケンカファイト
「ケンカファイトをやりたい」=05年4月11日=榎本信行に判定勝ちして日本王座2度目の防衛に成功。WBC世界10位に浮上してきた亀田興毅との対決を熱望した。
何も覚えていません
「何も覚えていません。すいません」=02年4月19日=WBC世界フライ級王者ポンサクレックに敵地タイで初挑戦も、日本選手世界戦最短の1回34秒でKO負けした。
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