柴田勝頼が、桜庭和志との因縁の対決に決着を着けた。12年8月に、2人で新日本に宣戦布告し、同団体で戦いを続けてきたが、いつしか2人の方向性が別れてしまった。

 総合中心の桜庭に対し、柴田はプロレス技を駆使して対抗。桜庭の関節技、絞め技に苦しんだが、最後は裸絞めを途中で止め、ペナルティーキックでトドメを刺した。「桜庭さんは、桜庭さんでした。(今日の戦いは)大きな意味があったと思います。桜庭さんへは感謝の気持ちが大きいです」と、柴田はしみじみと語っていた。