世界初挑戦のWBC世界ライトフライ級3位木村悠(32=帝拳)が、王座奪取に成功した。3度目の防衛を目指した王者ペドロ・ゲバラ(26=メキシコ)に序盤こそ劣勢も、ボディーを軸に反撃。終盤4回で逆転し、2-1の判定で勝利した。08年のプロ初黒星を機に、自身を追い込むために都内の商社に入社。二足のわらじを履きながら夢をつかんだ。

 涙があふれた。「こっちにきてくれ-」。祈るように採点結果を待つ木村は、名前がコールされた瞬間に目を閉じ、小さく深呼吸をしてから両拳を突き上げた。圧倒的不利の予想を覆す、番狂わせ。気力で12回を戦い抜いた末に、歓喜が待っていた。「夢のよう。すべての人に感謝したい」。会場の歓声を浴びると、再び目頭を熱くさせた。

 執念だった。5回にゲバラの右ストレートを顎に受けてぐらつくなど、序盤は一方的にペースをつかまれた。それでも「開き直って、正面からいった」。6回以降、思い切って前に圧力をかける攻撃的なスタイルに変えると、しつこいボディー打ちで流れを奪取。最後まで手数を緩めず、逆転で勝利をつかんだ。デビューから約10年。リングの中央でベルトを手にすると、はじめて表情を緩めた。

 大きな武器があったわけではない。「強くなりたい」という気持ちだけでここまできた。大学で日本一になるなど、アマチュア時代から活躍。だが、プロではデビュー前にしのぎを削った五十嵐、八重樫が世界王者となり脚光を浴びる姿を、唇をかみしめながら見つめてきた。

 転機は08年の6戦目だった。プロ初黒星を喫すると「生活を180度変え、社会で精神を鍛え直したかった」と、都内の電力関連の専門商社に入社。早朝のロードワークを終えると、午前9時から午後5時までフルタイムで働いた。「制約があったからこそ、練習が緻密になった」。控室に戻り、7年間を振り返った言葉に実感がこもった。

 王座を獲得したことで、今後は会社を辞め、ボクシングに専念する可能性もある。遅咲きの32歳の未来は、大きく広がった。異色のサラリーマンボクサーが、大きい「仕事」をやってのけた。【奥山将志】