K-1 MAX WGP 2009世界3位の山本優弥(31)がこのほど引退を決意。

 記念セレモニーを4月10日、東京・後楽園ホールで開催の「Krush・65」で行う。

 山本は2001年9月、17歳で全日本キックボクシング連盟からプロデビュー。その後、全日本キック第23代ウエルター級王座戴冠をはじめ、K-1 MAXでは09年と11年の日本トーナメントで準優勝するなど、中量級戦線を大いに盛り上げた。

 今回は首の負傷でドクターストップがかかり、14年半にわたる現役生活にピリオドを打つことを決意した。10日に引退発表した山本は「医者から『もう試合はできない、やったら死ぬ』と言われた。リング上で死ねたら幸せだが、死ねずに下半身不随になって入院生活を送ることを考えた時、家族含めて心配してくれる人が周りにはたくさんいるので……。最後は自分で引退を決断した。何も悔いはない」と、どこか吹っ切れた表情で話した。

 昨年2月6日の小鉄との試合でダウンした際、「いつもとは違う感覚だった」という山本。その後の検査で、脊髄付近まで達した頸椎(けいつい)損傷が発覚した。以前から首に違和感があり、「ウエルター級転向以降、自分より上背のある選手との戦いを続けていくことで、首に負担がかかってきた。医者にもそう言われた」と負傷について話した。

 小鉄戦後、「情緒不安定で鬱(うつ)の症状にまで陥り、これは治さないと生きていけないと思った」という山本は、首の付近にメスを入れることを決意。「脊髄の症状は31年間生きてきて1番怖かった。これから先、誰にも同じようになってほしくないので、選手には検査を受けることをおすすめする」と、自らの体験をもとにアドバイスを残した。

 「もしも引退試合ができるんだったら、(マラット・)グレゴリアンとやりたかった」と、最後までファイターとしての自負を見せた山本。今後は指導者を目指したいという。「自分でいうのもなんだが、いい指導者になれると思っている。これからそちらの方向で一生懸命やっていこうと思う」。

 そして、山本はファンに向けてメッセージを贈った。

 「17歳から始めて、31歳まで戦えたのは応援してくれたファンの皆さんがいたからです。本当に感謝しています。僕は好きで戦っていただけなのに、それを支えて応援してくださったことは、大きな財産になっています。これからどう恩返ししていくか、それを考えながら一生懸命生きていきたいと思います。価値のある人間、男になって恩返ししていきたいと思うので、これからもよろしくお願いいたします。現役選手としては、いままでありがとうございました」。