王者井上尚弥(23=大橋)がアクシデントを乗り越え、意地のKO防衛を果たした。同級1位ペッチバンボーン・ゴーキャットジム(タイ)と3度目の防衛をかけて対戦。試合前からの腰痛と序盤の右拳の負傷で本来の攻撃力を出し切れなかったが、10回に一気の連打で仕留め、3分3秒KO勝ちした。3試合連続でランク1位の挑戦者を退け、陣営は年末に予定するV4戦でWBA王者ルイス・コンセプシオン(パナマ)との統一戦の交渉に入ると明言。井上は戦績を11戦全勝(9KO)とした。

 痛む体を、井上は気持ちで動かした。10回。いちかばちかの打ち合いを仕掛けてきたペッチバンボーンに、真っ向から応じた。開始直後から本来のキレはなかった。2週間前のスパーで腰を痛めた影響でパンチにひねりを加えられず、試合中には右拳も負傷。集中力が切れた5回には、ガードが下がったところを攻められる場面もあった。それでも、最後は意地で倒しにいった。表情をゆがめながら右の強打を顔面に2発。粘りを見せた挑戦者をキャンバスに沈め、10カウントを聞かせた。

 2戦ぶりのKO決着も、笑顔はない。「けがは言い訳にならない。これが僕の今日の出来です。すみませんでした」。潔く振り返ると、地元座間のファンに頭を下げ、会場を後にした。

 試合まで1カ月を切った8月上旬。スパーリング中のジムに父の真吾トレーナーの怒声が響いた。「何回言わせるんだ」。指摘されたのは防御。足が止まり、パンチをもらった瞬間だった。実績を重ねるにつれ、父からの厳しい言葉は減った。だが、圧倒的有利が予想されたこの試合に向けては違った。とことん細部にこだわり、自宅では、ある試合映像を見せられた。

 12年のパッキャオ-マルケス戦。世界的スター選手のパッキャオが強引に距離を詰めた瞬間に、相手のカウンターで失神した衝撃的なシーンだった。「ボクシングは怖い。どれだけ評価が高い選手でも、完璧なんてない。一発ですべてが終わるんだ」。熱を帯びた父の言葉は、井上の胸にすっと入り込んだ。V3戦に向けて掲げたテーマは「相手に何もさせないこと」。足でパンチをかわす動きを徹底的に確認してきた。

 それだけに、試合を終えると悔しさが募った。勝ち名乗りを受けたリングに、真吾トレーナーはいなかった。6歳から二人三脚で上を目指してきた父の気持ちはすぐに分かった。「家に帰ったらお説教ですね。無駄なパンチをもらってしまった。リングにも上がってきてもらえないほどの出来。もっと練習するだけです」。唇をかみしめながらも、前を見据えた。

 苦しい戦いを乗り越え、今後はさらに「攻め」に出ていく。大橋会長は、次戦V4戦でWBA王者コンセプシオンとの統一戦を目指して交渉していくと明言。その先には無敗の3階級王者ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)との夢対決も視野に入れている。会見の最後、井上は再び言った。「もっと練習していくだけです」。その目は、はっきりと高みを捉えていた。【奥山将志】

 ◆井上尚弥(いのうえ・なおや)1993年(平5)4月10日、神奈川・座間市生まれ。元アマ選手の父真吾さんの影響で小学1年からボクシングを始める。相模原青陵高時代に史上初のアマ7冠を達成。12年7月にプロ転向。国内最速の6戦目で世界王座奪取。14年12月にWBOスーパーフライ級王座獲得し、史上最速(当時)の8戦目で2階級制覇を達成。家族は咲弥夫人。163センチの右ボクサーファイター。