プレーバック日刊スポーツ! 過去の12月5日付紙面を振り返ります。1994年の1面は、薬師寺VS辰吉の日本人同士によるバンタム級統一王座戦でした。

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<WBC世界バンタム級タイトル統一戦>◇4日◇名古屋市総合体育館レインボーホール◇観衆9800人

 プロボクシングWBC世界バンタム級王者・薬師寺保栄(26=松田)が死闘を制した。すさまじい打ち合いの末に暫定王者の辰吉丈一郎(24=大阪帝拳)を下し、3度目の防衛を果たした。日本人同士の統一戦は両者とも流血する死闘にもつれ、手数で上回った薬師寺が2-0で判定勝ちした。戦績は薬師寺が23勝(16KO)2敗1分け、辰吉は10勝(8KO)2敗1分けとなった。薬師寺の次期防衛戦は、同級1位のウェイン・マックロー(24=アイルランド)との指名試合となる。

 ○王者 薬師寺保栄(26=松田、53・4キロ)

   判定

 ●暫定王者 辰吉丈一郎(24=大阪帝拳、53・2キロ)

 真っ赤な鮮血でキャンバスが染まる。壮絶なド突き合いが続く。9800人の観衆をパニック状態に陥れながら、締めて903発のパンチを打ち合った死闘の終わりを告げるゴングが鳴り響いた。

 辰吉と薬師寺がリングの中央で抱き合う。「ええファイトしたのう」(薬師寺)「ああ、お互いにな」(辰吉)。その直後だった。レフェリーが採点表を読み上げ、「勝者・薬師寺」をコールした。一人はドローと判定し、二人は薬師寺の攻勢、手数を取った。2-0の判定勝ち。真のチャンピオンとなった薬師寺は、両手を突き上げ、絶叫した。

 非情なまでのボクシングに徹した。セコンドからは「目と鼻を狙え」の指示が飛び続けた。ためらいは「相手に失礼になる」と、終始、辰吉の弱点(左目網膜剥離=はくり)を攻め続けた。2度の手術からカムバックした辰吉を「ボクシングに対する情熱なのか、バカなのか。僕には絶対にできない」と言っていた男が、左へ左へと回り込んでの左ジャブ、そして右ストレートを放ち続けたのは、世界のトップに君臨するプロ同士の礼儀でもあった。

 「辰吉のファイトはものすごかった。僕が戦った26戦で、間違いなく最強の相手だった。その相手に勝てたことを、次につなげたい」と薬師寺は言った。そこに、また一回り大きくなったチャンプがいた。

 辰吉は、潔く完敗を認めた。「(薬師寺は)強かったですよ。いろいろ侮辱したことを謝りたい。想像以上に強かった。倒したかったんですけど……。すべてに強かったです」。はれ上がった左まぶたの裂傷は、パックリと口を開き、右目じりも切れていた。対決前の練習中に左こぶしを痛めていた。試合後に吉井会長が「ひびが入った状態かもしれない」と打ち明けたが、そんな不安をおくびにも出さず、真っ向からパンチを繰り出し続けた。最終ラウンドの猛反撃は、この試合を限りに燃え尽きる「浪速のジョー」の集大成だったのかもしれない。

 試合前、リングに登場するや、予告通りにディスコダンスを始めた薬師寺を見るや、腰をかがめて拍手した。敗者となるや、ベルトを巻いてファンの歓声にこたえるチャンピオンを下から抱き上げた。辰吉も、最後まで「らしさ」を失わずにリングを去った。

 「彼(辰吉)には彼の人生がある。ご苦労さんと言いたい。辰吉の分まで頑張るなんていう気持ちはないけど、今までで最高の相手だった」と話す薬師寺の左目も、また青白くはれ上がっていた。

 日本ボクシング史上最高の3億4000万円マッチは、史上まれにみる好ファイトで幕を閉じた。「もうリターンマッチはやりたくないな」と薬師寺はつぶやいた。リングを去る辰吉の分まで戦い続けるつもりだが、死闘を終えたばかりの今は、一瞬のやすらぎが欲しい。そんな気持ちが、深夜のテレビ出演でこぼれ出た。「顔の傷が治ったら、ディスコへ行きたいな」。

<薬師寺保栄(やくしじ・やすえい)アラカルト>

 ◆生まれ 1968年(昭43)7月22日、大分県津久見市出身。26歳。

 ◆サイズ 171・7センチ、リーチ168・2センチ、右ボクサータイプ。

 ◆ボクシングとの出合い 愛知県小牧市立・村中小の時から、具志堅にあこがれてボクシングに興味を抱く。バレーボール部だった小牧中3年の夏休み、アマボクサーだった父から赤い12オンスのグローブをプレゼントされ、本格的に取り組む。

 ◆やんちゃ時代 享栄高からボクシング部。入学早々、番長決めの勝ち抜きトーナメントに参加、100キロを超える柔道家にKOされたことも。3年夏インタハイのフライ級でベスト8。アマ戦績26戦21勝(9KO)5敗。

 ◆タイトル 91年(平3)6月、尾崎恵一(オサム)に9回TKO勝ちで日本タイトル獲得(防衛1)。93年12月、辺丁一(韓国)に12回判定勝ちでWBC世界バンタム級王座獲得。

 ◆カラオケ好き ロック歌手矢沢永吉の大ファン。今年の誕生日には、仲間を呼んでライブコンサートを開催。永吉ソング数十曲を踊りとともに披露した。入場のテーマ曲は、中学時代ディスコで聴いたアース・ウインド&ファイアーの「レッツ・グルーヴ」。

 ◆カーマニア フェラーリ・テスタロッサ、キャデラック、BMW、マセラッティ・シャアルの4台を所有。2500万円相当の黒のランボルギーニ購入が夢。

 ◆動体視力トレ 名古屋市中区の特別視機能研究所(内藤貴雄所長=42)で昨年3月から1週間に1回、動体視力を高めるトレーニングを行ってきた。

 ◆家族 父巧さん(51)母利子さん(49)弟恵介さん(22)。来年3月には婚約者・芳賀博美さん(24)と挙式予定。

※記録と表記は当時のもの