王者山中慎介(34=帝拳)が偉業に王手をかけた。同級6位カルロス・カールソン(26=メキシコ)から計5度のダウンを奪った末に7回57秒TKOで下し、12度目の防衛に成功。類いまれな伝達能力が生む「神の左」の力を見せつけた。世界戦のKO数は日本歴代2位の9回になった。秋ごろの次戦で具志堅用高が持つ、日本の世界王者の連続防衛記録「13」に挑む。

 「パンチが走る」。神と称される左拳の威力を、山中は独特の表現で言い回す。7回、フィニッシュにつながった4発の左ストレート。正面からガードを破り、倒れゆくカールソンのアゴ付近へ放った4発目の打ち下ろしまで。「7回でやっと体重が乗ってきましたね。序盤は(状態が)うわずっていた。しっかり修正できた」。体重を乗せる-。その才覚こそが、12度の防衛に導いてきた。

 他選手の動きを見て、度々思う。「もったいないな」。着眼するのは下半身の力を拳に伝える能力。大半の選手はパンチを打つ際に、踏み込んで地面からの反発で得た力を、手に伝えきれていないと説く。「普通の選手は8割も出せていない。自分は10割近くは出せている」。筋力で見れば飛び抜けた数字は出ない。ただ、それを発揮する才は誰よりも自負がある。

 野球に打ち込んだ中2の時、「特別鍛えていないのに」遠投で95メートルを記録した。高校生のドラフト候補で100メートルを超えれば有望の世界で、中2での強肩は際立つ。「野球も足から上体にパワーをもらう。自分はその能力にたけている。だから倒せるんです」。およそ20年前から確信はあった。そして、その最大限の力を発揮する左拳は「神」と呼ばれるようになった。

 この日は計5度、防衛戦では30度目のダウンで試合を終わらせた。すべてが左。距離感を掌握するために練習してきたジャブを7回まで効果的に使えず、5回にダウンを奪って以降は、玉砕覚悟で大振りしてきたカールソンのパンチを被弾する場面もあった。ただ、「課題はないとね」と笑みを浮かべ、向上の材料を歓迎する姿はたくましい。

 技術だけでなく、肉体もいまだ上昇カーブを描き続ける。1月、強化のための沖縄合宿では12キロのクロスカントリーコースで57分10秒の自己記録。従来を2分近く更新した。34歳。「この年で、さらに良くなっている実感がある」。左拳に力を乗せる源となる下半身の成長は止まらない。

 次戦はいよいよ大一番を迎える。36年以上破られていない、具志堅用高が持つ日本の世界王者の連続防衛記録「13」。「次への気持ちがすぐにわいてきましたね」。走るパンチを携える希代のサウスポーは、まだ先へと走る。【阿部健吾】