10月7日、ボクシング日本人世界戦最速の70秒KO勝利が生まれた。階級最強を決めるワールド・ボクシング・スーパーシリーズ1回戦。WBA世界バンタム級王者井上尚弥(25=大橋)が、元WBAスーパー王者フアンカルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)を強烈なワンツーで秒殺し、初防衛と準決勝進出を決めた。

横浜アリーナに集まった約1万人の観衆たちが熱狂する中、所属ジムの大橋秀行会長は「うちのセコンドは変に騒がず、普段通り冷静だったでしょ」と真顔で言った。「だって練習を見ていれば1回KOもあると思ったから。驚かないよ」。偶然ではなく、必然のシーンだったと強調した。

パヤノのような左構えに対し、井上のような右構えには戦い方のセオリーがある。左ストレートを回避するため、相手前足(右足)より外側に自らの前足(左足)を置くことが基本だ。しかし、井上はジャブのタイミングを少しずらし、あえて前足を内側に入れ「踏み込んで左(ジャブ)を打った」。左拳で視界も遮断し、右拳を打ち抜いた。

開始ゴングから<1>左ジャブで距離感覚をつかみ<2>相手パンチの速さと軌道を見極め<3>ガードの上にパンチを打たせて相手リズムを見抜く。この3つの作業をわずか約60秒で完了し、最後は「ナオ(井上)のセンス」(トレーナーの父真吾氏)で的確にワンツーをねじ込む。海外から招いた練習相手との初めてのスパーリングでも同じ光景が繰り返されている。大橋会長が驚かないのも当然なのだろう。

井上の攻略理論は面白い。「相手の映像を見ながら『もっとも強い姿』を想像する。あえて相手を過大評価する。自分のパンチは当たらないと考えてリングに立つと『結構、当たる』と思える」。パヤノ戦に備え、真吾氏も「直線的に攻めてくる選手。動画で感じる以上に相当速いと想定しよう」と練習していたという。対戦相手の最強バージョンを親子で考え、対策と戦略を練っている。

8年前のアマチュア時代。高校2年の井上は全日本選手権決勝で駒大1年だった林田太郎に判定負けを喫した。真吾氏は準決勝で優勝候補を下して慢心が生まれたと反省したそうだ。「あの負けが(相手を過大評価する攻略法の)きっかけ」。今年5月にもWBA世界バンタム級王者ジェイミー・マクドネル(英国)を112秒でTKOで下しており、計182秒で王者クラス2人を料理した。真吾氏は言う。

「これまでの世界戦で、相手が想定外の強さだったことは1度もないですね」

井上親子の持つ独特なセンスと戦略は、まだまだ世界を驚かせ続けるだろう。【藤中栄二】