<三沢光晴選手死去…ファン追悼メッセージ=5>
◆苦しかった浪人時代、友人に気分転換にと会場に誘われ、超世代軍の試合を始めて見た時から、大ファンになりました。20年近く勇気を与えてくれたのは三沢さんでした。本当にありがとうございました。ご冥福を心からお祈りします。(30代男性)
◆91年頃、私は中学の1年のときいじめを受けてました。その頃、偶然にしてプロレスに出会い、超世代軍としてジャンボ鶴田選手と激闘を繰り返すあなたに出会い、勇気や強さを貰いました。ほんとうに励みになり、耐える強さや立ち向かう強さを貰い、いじめだけでなく、大いなる人生哲学の基盤となりました。大学に入ったころから、僕自身プロレス離れになってしまいましたが、社長になってからの、あなたの今日に数少ない男気ややさしさをメディアやネットから伺い知ることができました。トップになってからの素晴らしい人間性に、あなたのファンであったことをもはや誇らしく思えました。中学生の頃、三沢光晴、あなたのファイティングスピリッツを見るのが楽しみで、大きなな声で「みっさっわコール」をし、発奮し、そのためにおこずかいをため、一人後楽園ホールに足を運んだことが昨日のことのようです。数多くの人を感動させ、数多くの選手に慕われ、尊敬され、仕事もリング上も激闘されてきました。わたしにとっては心の恩人でもあります。わたしはいま歯科医としての生業を得てますが、いまの私があるのもあなたから学んだものが少なからずあったといっても憚りません。そんなあなた、三沢光晴選手のご冥福を心よりお祈り申し上げます。もう一度、スパルタンXがききたいよう。(30代男性)
◆三沢選手、本当にお疲れ様でした。あなたは男の中の男でした。どうか天国では、横になってゆっくりと休んでください。どうか私たちを見守っていてください。(30代男性)
◆僕が三沢さんを見たのは、1991年、ちょうどタイガーマスクのマスクを脱いで三沢光晴としてリングに立ったときからでした。それからの僕の青春時代は三沢さんのプロレスと共にありました。三沢さんの生き方や考え方から学ぶことも多くありました。急なことで心の整理がつかない状態です。今は、「ありがとう」という言葉を送ります。そしてこれからもNOAHを応援していきます。(30代男性)
◆私は、三沢光晴のおかげでプロレスが大好きになり、人生もポジティブに進むことができました。1990年6月にジャンボに勝ってから1992年8月にハンセンに勝ち三冠王者になるまで約2年間かかってもずっと見に行ったことを思い出しました。ノアになって夢のような試合を沢山作ってくれたこと、一生忘れません。世界一のエルボー、一生忘れません。合掌(30代男性)
◆突然の訃報を知り驚きました。私は幼い頃から三沢さんのプロレスを見て育ちました。いつも三沢さんの技に魅了され応援していました。残念です…。三沢さんの試合を見れないと思うと本当に残念です。三沢さん本当にご苦労様でした。そしてありがとうございました。たくさんの夢をありがとう。ご冥福をお祈り申し上げます。(30代男性)
◆力道山の空手チョップに匹敵する三沢のエルボー。ディック・マードックの毒針殺法よりも三沢の回転エルボーの方が絶対強い。これからはビデオ、DVDで観戦します。(40代男性)
◆ありがとうございました。私はあなたの生き様、戦い様、一生忘れません。(30代男性)
◆今は、ただ、お疲れ様でしたという言葉しかありません。数々のすばらしい試合、すごい試合をありがとうございました。それにしても早すぎるよ、三沢さん!
残念です。ショックです。(40代男性)
◆実際にお会いした事はありませんがテレビで見て気は優しくて力持ちな方なんだろうなと思っておりました。残念でなりません、ご冥福をお祈り申し上げます。(30代男性)
◆ヒーローに成るべくなった人の共通の条件とは「強くそして優しく」。三沢光晴選手はその「強くそして優しく」を持っていた方だと思います。まさにプロレス界のヒーローでした。プロレス興行の間にもTVのバラエティー番組にも積極的に出演してたりして好感の持てる選手だっただけに…。ご冥福をお祈りします。(30代男性)
◆私は30年来の新日本プロレスファンで、暫くは全日本プロレスに、若干のアレルギーがあったのですが、超世代軍で、果敢に鶴田、ハンセン、ゴーディー等に立ち向かう三沢選手を見て、そのような感覚もなくなりました。お亡くなりになられた事は非常に残念です。心より、ご冥福をお祈り申し上げます。(30代男性)
◆息子と一緒にNOAHのファンクラブに入り、ずっと応援していました。もう会場で大三沢コールの中入場してくる三沢選手が見れないなんて、本当に信じられません…。心よりご冥福をお祈りいたします。そして、これからも三沢さんが作られたNOAHをずっと、ずっと応援していきます!(40代女性)
◆三沢なぜだーどうしてーできればうそであってほしい。(40代男性)
◆三沢さん。大好きです。(20代男性)
◆いまだに信じられない…。私にとってプロレスラー三沢光晴とは、夢を具現化するヒーローでありその生き様、考え方は私の人生においての目標でもありました。残念です、とても残念です。三沢選手、心よりご冥福をお祈りします。(30代男性)
◆三沢さんの生き様に、男とはなにか、男気とはなにかを教えてもらいました!
会場にも行きました!
それがこんな結末に…。プロレスはまだまだこれからじゃないですか!
残念です!
悔しいです!
もっと生きてて欲しかったです。(30代男性)
◆強敵に立ち向かう強い気持ちを、試合で教えてくれた三沢選手ありがとうございました(30代男性)
◆心に大きな穴が開いた気分です。まだ信じられません。一番大好きで、尊敬していた選手です。小さい頃から全日本のプロレスを見てきて、ノアになってからもずっと三沢選手の戦いぶりに釘づけになっていました。プロレスが好きだという事よりも、三沢選手が好きだということ気づきました。『三沢のエルボー』一生忘れない言葉です。満身創痍で戦い続けた三沢選手のプロレス人生にお疲れ様でしたとありがとうございましたと伝えたいです。(20代男性)
◆三沢さんは、昔から僕のヒーローでした。試合ではいつも勇気づけられ元気をもらい感動しました。今は信じられない気持ちでいっぱいです。ご冥福をお祈り致します。(30代男性)
◆学生の頃からプロレスを見て、今でも三沢さんの試合や義理を重んじる人柄、名勝負が今でも心の中で思い出されます。それだけにショックです。色々心労もあったと思いますがゆっくり休んでください。お疲れ様でした。(20代男性)
◆馬場さん、鶴田さん、冬木さん、橋本さんに続き、三沢さんまでこのような形で突然のお別れ。言葉が出ないです。私の20代は鶴田さんとの激闘、四天王プロレスと三沢さんが最も輝いた時期でした。どうか一番ショックを受けていると思われる斎藤彰俊選手を、天国から激励してあげて下さい。(30代男性)
◆熱い戦いをありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。(40代男性)
◆私が、プロレスを好きになるきっかけとなった選手でした。たくさんの夢と感動をありがとうございました。ご冥福をお祈り申し上げます。(20代男性)
◆
残念。ショック…。ご冥福をお祈りいたします。(30代女性)
◆超ショックです。今は送る言葉など考えることが出来ません。(40代男性)
◆本当にお疲れ様でした。この世の中で、真にお客様(ファン)の事を第一に考え、自分の人生を歩んだ数少ない人だと思います。向こうでは、馬場選手、鶴田選手と楽しく過ごして下さい。ご冥福をお祈りいたします。(30代男性)
◆間違いなくプロレス界のヒーローだった。これからは、伝説のヒーローになってしまう。寂しい。天国からプロレス界全体を見守ってください。ありがとう。(30代男性)
◆昨晩のまさかのニュースに今も信じられない気持でいっぱいです。ご冥福をお祈りいたします。(30代男性)
◆私の年代は、全日『三沢、川田、小橋』、新日『蝶野、武藤、橋本、健介』7選手の試合は特に大興奮して観戦していたものです。今は、橋本選手が亡くなった時と同じくらい言葉になりません。残念です。さびしい限りです。三沢選手安らかにお眠り下さい。ご冥福をお祈りいたします。(30代男性)
◆信じたくない。。。超世代軍の頃のファンではありますが、三沢のエルボーや顔の汗を拭う仕草…ハンセンや鶴田との試合忘れられません。エース・三沢は永遠です。ご冥福をお祈り致します。(30代男性)
◆同じ歳なんですよね。ショックの一言です…。(40代男性)
◆昨日、インターネットで試合中頭を打ち、心肺停止との情報を見ました。今朝目が覚めたら…。びっくりして言葉が出ません。私は80年代後半からプロレスを見始めましたが、当然タイガーマスク時代から見ていました。三沢光晴になられて相手選手にやられてもカウント2で返す三沢さんを『まだ返すのかよ!』という感じで見ていました。受け身のうまいレスラーという印象もありました。思い出は2つあって、川田さんとタッグを組み、試合中マスクを川田さんに取ってもらい三沢さんになったシーンとJ鶴田さんからシングルで初めて3カウント奪った試合です。
悔しくてたまりませんがご冥福をお祈りいたします。
(30代男性)


