●2006年1月1日付の日刊スポーツから●

 吉田秀彦(36=吉田道場)が、因縁の柔道五輪メダリスト対決に完全決着をつけた。明大で2年先輩の小川直也(37=小川道場)との11年ぶりの一騎打ちに、初めて柔道着を脱いで試合に臨み、1回6分4秒、腕ひしぎ逆十字固めでTKO勝ち。日本人最強を証明した。94年の全日本柔道選手権での初対決以来「犬猿の仲」といわれた宿敵同士。最後はリング上で握手したものの、格闘家とプロレスラーというお互いの壁を越えることはなかった。

 殴りたくても殴れなかった顔面を、打ち抜いた。吉田が鬼の形相で、小川を追い詰めた。1分30秒すぎにテークダウンを奪うと、関節技に移行。吉田の耳にも届くほどの「ボキッ」という鈍い音を伴って、小川の左足をへし折った。離れ際には顔面を踏みつけた。初対面から17年。常に先を歩く先輩を容赦なく攻めた。最後は左腕をとらえ、腕ひしぎ逆十字固め。「ミシミシ」と、小川の体に悲鳴を上げさせて仕留めた。

 格闘家であることを強調するように、リングインと同時に柔道着を脱いだ。02年8月の格闘家デビュー以来11試合目で初。当日、同じ五輪金メダリストの滝本が、菊田に敗れた試合を見て決断した。「柔道を知っている相手に、柔道着は不利になると感じた」。何より柔道でつけた決着を、格闘家の現在まで引きずりたくなかった。

 2人の遺恨が生まれたのは89年。明大で吉田が2年、小川が4年の時だ。吉田が同じ78キロ級の1年生部員と乱取りのけいこ中、小川が割って入った。吉田は大先輩に「今オレがけいこしてるんだ。勝手なことをするな」と言い返した。ある明大OBは「あれ以来、2人はほとんど口をきかなくなった」と振り返る。94年の柔道全日本選手権での直接対決で吉田が小川の6連覇を阻止。遺恨はさらに深まった。

 その後、ともにプロで成功。いつしか因縁に決着をつけなければならない運命になった。脂の乗り切った今しかない。2人は最後の対戦と心に決めてリングに立った。吉田は専属のクニャ・コーチと徹底的に打撃強化。滝本らと本気のスパーリングも重ねた。練習量も1・5倍に増やした。小川も早朝の走り込みから始まり夜は明大にも通い柔道対策をこなした。

 試合後、吉田は倒れ込んだままの小川に近づき、そっと体を触れて気遣い、握手を交わして抱き合った。「戦ってみると、舞台は違っても同じ道をたどってきた人なのだと感じた」。だが小川の求めたハッスルポーズは「格闘家としてやってきたので、ハッスルポーズは引退した時にやらせていただきます」と拒否。あくまで一線を画し、格闘家のプライドを保った。

 現在は104キロまで体重が増加し、今年のヘビー級GP出場も有力視される。吉田は「この内容じゃ、(ヘビー級は)無理でしょ。ミドルと両方できる準備をする。でもヘビー級でヒョードルとやれと言われればやる」。内容には不満を漏らしながらも、新たな挑戦への意欲も隠さなかった。陰の日本人最強と呼ばれた小川に勝利。吉田は真の日本最強の男として、06年、世界最強に挑む。【高田文太】