箱舟の新たな船頭役は、何にも染まらないフリーダム男だった。ノアのGHCヘビー級王者杉浦貴(39)。29歳の遅いデビューながら、数々の戦いでもまれた経験を力に昇華させ、昨年12月に初めて王座に就いた。プロレス界の顔ともいえる、メジャー3団体のヘビー級王者の素顔、本音に迫るインタビューを、3回に分けて掲載します。

 杉浦は遅れてきた大物だ。29歳でデビュー。昨年12月にGHC王者潮崎を破り、39歳で初めてヘビーのベルトを巻いた。自衛隊時代、レスリングでシドニー五輪出場を逃し、一般の自衛隊への転籍を命じられた。事実上の戦力外通告で、新天地に移る決意をした。00年のことだった。

 杉浦

 まだ29歳だったし、定年までの50歳すぎまで自衛隊にいるなんて想像つかなかった。まだ体は動きましたし。夢を追うような人生を送りたかった。プロレスのリングで目標を持っていきたかった。

 杉浦の活力源は、子供のような冒険心だ。プロレス転向後も、外に目を向けることは忘れなかった。PRIDE、戦極など総合格闘技にも4度参戦した。「プロレス一筋」を地で行くノアの選手が多い中、その存在は異質に映る。

 杉浦

 オファーが来たから出ただけです。好奇心ですね。出たことで、気持ちの面で成長できた。今はプロレスのリングで何が起きようが、怖くない。まったく別ものを経験し、度胸が付きました。技術的にもそう。関節技とかグラウンド、蹴りとかは、格好だけでやっている連中と比べたら説得力があると思う。

 昨年は新日本のリングにも積極的に上がった。スピードとパワーをベースに、狂気を織り交ぜたスタイルを確立した。4日の初防衛戦の相手は後藤、2月28日のV2戦は真壁で、ともに新日本勢。ベルト流出を防ぐ責任が付きまとうが、重圧とは無縁だ。

 杉浦

 開き直ってますね。「負けても次に取り返せば盛り上がる」ぐらいの気持ちです。五輪選考会とは違いますよ。これに負けたら人生が変わると思うと…。だけどプロレスは毎日のようにある。負けたり結果を残せなくても、次があるんです。

 肩ひじ張らない気構えは、ノアでの自由な立ち位置にも表れる。三沢魂継承を掲げる前GHC王者潮崎と対照的に、その期待をさらりと受け流した。

 杉浦

 おれは三沢さんを背負うつもりはないです。「背負う」と言っても、三沢さんに断られますよ(笑い)。潮崎は三沢さんの最後のパートナーだし、目の前であんなこと(事故)が起きているから。彼なりに考えるところはあるんでしょう。

 リングを離れると、素顔は2児の父だ。12月の初戴冠で、周囲からのささやかな反応がうれしかった。

 杉浦

 息子(小6)の学校にプロレス好きな先生がいて、オレが表紙になった雑誌を生徒に紹介したんです。テレビ放送も「お父さん出てたね」と言ってくれて。息子がどう思っているか知らないけれど、それを聞いたオレがうれしい(笑い)。反応があるとやりがいにつながる。息子も「自慢のお父さん」と思ってくれればいいですけどね。

 アラフォーながら、まだ十年選手。同年代よりも、入門時期が近かった若い選手から刺激を受けている。

 杉浦

 一緒にやっている世代はみんな若い。丸藤さんも30歳だし。年は秋山さんとかと近いけど、自分より若い選手と接したり、飲みに行ったりしている。彼らから若さをもらっている。若いお姉ちゃんもたまに食って…(笑い)。

 戦う舞台も理念も、品格さえも?

 型にはまらない。強さと奔放さを併せ持つキャラクターは、旗揚げ10年の転機を迎えたノアに新たな魅力を吹き込みそうだ。【取材・構成=森本隆】<杉浦に5つの質問>

 Q1

 休日の過ごし方

 疲れていなかったら、練習します。休みじゃなくなっちゃいますけど…。

 Q2

 尊敬する人

 父(郁夫さん、享年72)ですね。厳しかったですけど、こんなに素晴らしい人間に育ててくれたんですから(笑い)。

 Q3

 座右の銘

 「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」。

 Q4

 子供のころの夢

 小学校低学年はプロ野球選手、高学年はサッカー選手でした。中学校からはプロレスラーですね。学校内の他の子よりは運動神経があったんで。

 Q5

 好きなテレビ番組

 ミヤネ屋(日本テレビ系)ですね。今あの時間帯にやっている情報番組は、あれぐらいしかないですからね。

 ◆杉浦貴(すぎうら・たかし)1970年(昭45)5月31日、愛知県名古屋市生まれ。高校で柔道を経験。卒業後、自衛隊入りしてアマレスを始める。95年、全日本選手権グレコローマン82キロ級で優勝。国体も3度制した。シドニー五輪出場を逃した後、00年に全日本に入門。同年に旗揚げしたノアに加わり、同年12月の6人タッグでデビューした。03年9月にGHCジュニア、05年6月に同ジュニアタッグ王座を獲得し、丸藤、金丸に次ぐ史上3人目のジュニア2冠に。09年12月、潮崎を破りGHCヘビー級王者に。178センチ、102キロ。