<プロボクシング:WBC世界ライトフライ級タイトルマッチ12回戦>◇6日◇東京・大田区総合体育館

 日本最速プロ6戦目での世界挑戦となったWBC世界ライトフライ級4位・井上尚弥(20=大橋)が、歴史を塗り替えた。5度目の防衛を狙う同級王者アドリアン・エルナンデス(28=メキシコ)を相手に、6回2分54秒のTKO勝ち。井岡一翔の持つ国内記録(7戦目)を更新した。高校生で史上初のアマ7冠を達成した「怪物」が、トレーナーの父真吾さんとの二人三脚で世界一のベルトをつかみ取った。

 ものが違った。6回、井上はエルナンデスの連打をよけ切ると、今度は自分の番とばかりに拳を打ち込んだ。最後は、打ち下ろすようなこん身の右ストレート。顎を完璧に打ち抜くと、戦意を失った王者の姿に、レフェリーがたまらず試合を止めた。歓喜の瞬間、両拳を何度も天に突き上げると、キャンバスに顔を埋め喜びを爆発。駆け寄った真吾さん、大橋会長と何度も力強い抱擁を交わした。

 3回終了時は、思わぬピンチもあった。8キロに及んだ減量の影響で、左の太もも裏がけいれん。だが動揺が走った陣営とは裏腹に、井上は長期戦は無理と勝負に行く覚悟を決めた。「あそこまで打ち合ったのは初めて。強い相手で苦しかったけど、本当に楽しかった。ボクシングは素晴らしいですね」。充実の表情で、鮮やかにそして豪快に日本記録を更新してみせた。

 世界一に上り詰めたボクシングは、6歳から指導を受ける真吾さんと2人で作り上げたものだ。厳しい声を浴びても、父のミットからは愛情を感じ取っていた。「小さいころからの夢がかなった」。親子での14年におよぶ真剣勝負はこの日、結実した。

 高校時代に史上初のアマ7冠を達成すると、プロ転向時には「強い相手としか戦わない」という条件をつけて大橋ジム入り。安全な相手に勝ち星を重ねることを拒み、4戦目で日本王座、5戦目で東洋王座を日本タイ記録で獲得した。その思いは世界を取っても変わらなかった。試合後のリングで「世界王者に恥じないマッチメークで具志堅さんの防衛記録を塗り替えたい」と次の目標を宣言した。

 今回の試合に向け、順調な調整をアピールしていたが、実際には予期せぬアクシデントが相次いだ。3月8日、スパーリングで右腕を負傷すると、中旬にはインフルエンザを発症した。発熱で5日間も練習を休み、予定していたスパーリングも回避。試合に影響が出てもおかしくなかったが、まったく問題にしない強さを見せつけた。

 夢はどんどん膨らむが、大橋会長は試合後に「この階級は難しい。交渉が必要だが、考えます」。初防衛戦を待たずに、王座を返上する可能性もある。具志堅超えの2個目の日本記録はフライ級で挑むことも視野に入れる。まだ20歳。日本ボクシング界の「怪物」が、世界を驚かせる戦いをスタートさせた。【奥山将志】<井上尚弥(いのうえ・なおや)アラカルト>

 ◆生まれ

 1993年(平5)4月10日、神奈川県座間市出身。

 ◆サイズ

 身長162センチの右ボクサーファイター。

 ◆アマ時代

 中学3年の時に第1回U-15全国大会で優勝。相模原青陵高校では1年時にインターハイ、国体、選抜で優勝するなど高校生史上初のアマ7冠。通算75勝(48KO)6敗。

 ◆プロ転向

 ロンドン五輪出場をあと1歩で逃し、12年7月に真吾さんとともに大橋ジムと契約。「強い選手としか戦わない」という異例の条件をつける。

 ◆家族

 プロの弟拓真も真吾さんに師事。ママさんバレー選手の母美穂さんと、姉晴香さんは神奈川県内で居酒屋「BOX」を切り盛りする。5人家族。

 ◆入場曲

 家族でのドライブ時によく聴いていたワム!の「フリーダム」。

 ◆運動神経

 8カ月で歩き始め、2歳後半には自転車を乗りこなした。

 ◆好きな著名人

 女優の長沢まさみ。