綱とりの大関稀勢の里(30=田子ノ浦)に、またしても追い風が吹いた。平幕正代を突き出して2敗を守り、大関史上10位タイの294勝目を挙げた。すると、同じ2敗の横綱日馬富士は勝ったものの、結びの一番で横綱白鵬が3敗目を喫した。弟弟子の小結高安も3敗に後退して自力優勝の可能性が消滅した。今日13日目は日馬富士との2敗直接対決。悲願の初優勝へ、試練の横綱戦が始まる。

 悲願をつぶされるわけにはいかない。その執念が、左腕に込められた。稀勢の里は立ち合い、正代に左を差されて寄られた。土俵際に詰まる。窮地に立つ。だが、ねじ込めなかった左が下がりながらも入った。瞬間、すくい上げるようなおっつけで体を入れ替えた。頭を押さえつけ、最後は突き出し。勝負の横綱2連戦を前に、何とかこらえた。「(左は)いいと思います。体は動けているから、反応はいいですよ」。ヒヤリとした場面。それでも、最後は自然と体が反応した。史上10位タイの大関通算294勝目は、硬さが抜けなければ挙げられなかった。そこに、うなずいた。

 すると、執念を見た相撲の神様はまたも追い風を吹かせた。結びの一番で、賜杯への最大の壁だった白鵬が、あえなく敗れた。座布団が舞う場内を土俵下で見つめた。今場所、互いが力水をつけ合ったのは3回。そのいずれも白鵬が負けたのは神様の後押しか。追い風を感じるかと聞かれると「自分次第じゃないですか」と答えた。そう、自分で呼び込んだ風だった。

 松鳳山に負けた翌日からは、帰りに羽織る浴衣を替えた。気分を切り替えて、平幕との3連戦を何とか乗り越えた。残り3日で、まずは日馬富士との2敗直接対決。新入幕が同じ横綱を倒せば、悲願の初優勝に大きく前進する。「1日一番、明日も集中してやるだけです。特別なことはできない。しっかり集中していきたい」。いよいよ、本当の勝負が始まる。【今村健人】