苦難の連続の末に初優勝を遂げた稀勢の里に、横綱昇進への追い風も吹いた。慣例化されてきた「2場所連続優勝もしくは、それに準ずる成績」には照らさずとも、好成績を持続してきた安定感への評価や、現状の上位陣の顔ぶれから、横綱昇進を容認する声がある。逆に慎重論もあり、千秋楽の白鵬戦も列島注目の大一番になりそうだ。

 渦巻く歓声の余韻が冷めやらぬ両国国技館。桟敷席で観戦した横綱審議委員会(横審)の守屋秀繁委員長(千葉大名誉教授)は興奮を隠せなかった。「涙が出るほど良かったと思うよ。最高の筋書きですよね。言うことない。日本国民の期待でしょう」。日本相撲協会から横綱昇進を諮問される立場の横審トップが、私見ながら昇進に賛成の姿勢を示した。

 優勝した鶴竜と2差の12勝3敗だった先場所直後、守屋委員長は今場所の稀勢の里の横綱昇進にハイレベルの優勝を求めた。13日目終了時点でも「13勝の優勝では(議論が)難しいところ」と話していた。そのハードルは祝賀ムードもあってか一夜にしてダウン。「14勝した方がいい」と前置きした上で「もう優勝が決まった。千秋楽の結果は重要視しなくていい状況になったのでは」と話した。

 角界の現状にも言及して「2横綱が休場、2大関は大負けし、1人は休場。稀勢の里の頑張りは評価してもアリかなと思う」と待望論を展開した。照ノ富士を除けば横綱・大関陣は30歳以上。故障を抱え満身創痍(そうい)の上位陣の中、入門から約15年で休場1回の「無事これ名馬」に屋台骨を託したい思いだ。もちろん諮問されれば委員会で議論するが「みなさんも、よろしいと言うのではないか」と見通しを示した。

 横綱昇進への道筋は、審判部の見解で開かれる。最初の関門となる、その審判部の二所ノ関審判部長(元大関若嶋津)も「何よりも優勝したことが大きい。去年の年間最多勝もあるし長い目で見てね」と私見ながら、13勝の優勝でも推薦したい考えだ。その言葉にあるように、高め安定の成績を持続していることを加味したい考えだ。

 一方で63代横綱の旭富士(現伊勢ケ浜親方)以降、横綱昇進は8人連続で2場所連続優勝者という事実もある。9人目で直近の鶴竜も、優勝同点-優勝で決めている。稀勢の里にだけゲタを履かせていいものか、という議論も当然、ある。また白鵬に敗れると、休場2横綱とは対戦がないため「横綱戦未勝利昇進」というレアケースになる。審判部の友綱副部長(元関脇魁輝)が「もう1場所みて、というのはある」と話す慎重論も無視できない。まずは千秋楽結びの一番後の、審判部の結論に注目だ。【渡辺佳彦】

 ◆八角理事長(元横綱北勝海)の話 努力していれば、こんな形の優勝もある。ようやく花が開いた。うれしいでしょう。気持ちを切らさず明日、もう一番。(昇進については)明日の相撲が終わってからでしょう。

 ◆横綱昇進までの流れ 日本相撲協会審判部が横綱昇進に相当と判断した場合、理事長に場所後の理事会招集を要請する。理事長は横審に対し横綱昇進について諮問。これを受けて横審は、千秋楽翌日の定例会で審議する。出席委員の3分の2以上の賛成があれば横綱推薦を理事長に答申。これが事実上の最終決定となり、答申を受けて開催される理事会で横綱昇進が正式決定する。もちろん理事長からの諮問がなければ横審が推薦することはない。過去に、諮問されながら横審の賛成が得られず昇進が見送られたのは栃錦(54年夏)玉乃島(68年夏)北の富士(69年九州)貴ノ花(94年秋)の4例がある(のちに全員が横綱に昇進)。