「出てけッ!」。厳しい指導で知られた先代師匠の鳴戸親方(元横綱隆の里)に、僕も怒鳴られたことがある。04年九州場所前、新入幕の稀勢の里の取材で朝稽古を訪れた。親方が若手力士へ説教していた時に、僕が笑った…ように見えたらしい。「何を笑ってんだ!」。否定したが、問答無用で退出させられた。プレハブの稽古場は凍りつき、僕は冷や汗まみれになった。

 稽古後に親方はもちろん、関取衆1人1人に頭を下げてまわった。稀勢の里は「大丈夫ッスよ」と言ってくれた。しかし、その顔はニヤリと笑っていた。桃色の頬を丸くして「やっちまったな」と言わんばかり。いたずらっぽい表情に、18歳の素顔をかいま見た。

 僕の力不足で、なかなか本音を引き出せなかった。それでも、いろいろ取材してみると、実は人間工学の本を読んでいたり、立ち合いの動きにゴルフのワッグル(軽い素振りのような動作)を取り入れていたり、興味深い話も聞けた。時折チラリとのぞかせる意外な一面。そこに魅力がある。するめのような味わいの男だ…と書いたら、天国の先代にまた怒られるだろうか? 【04~06年大相撲担当・太田尚樹】