稀勢の里は締め込み姿で出番を待っていた。風邪だった付け人が目の前の支度部屋通路に嘔吐(おうと)したことがある。周囲の力士は飛びのき、報道陣はざわついた。稀勢の里は一瞬ニヤッとしたが身じろぎもしない。時間になると平然と土俵に向かった。

 先代師匠の鳴戸親方(元横綱隆の里)は支度部屋の監視役になると「ここは戦(いくさ)の場」と表した。感情を表すことなく、余計なことを言わず、ドッシリ構える。師匠の教えを守り通すが、それは先代も師匠から教えられたもの。元横綱初代若乃花が築いた二子山部屋の教えであり、系譜と言える。

 意外なのはアメリカンフットボール好き。経験者だったと言うと、見たこともない笑顔で「教えてください」と言われた。激しいラッシュでQBに襲いかかるDLに注目する。前に出て攻める、相撲の信条に通じる思いが伝わってきた。

 外国出身、高校、大学の経験者が幅を利かす中、群れることをしないたたき上げ。昭和の匂いを残し、泰然自若で王道をいく。「引き際を考えろ」も二子山の教え。どんな横綱像を作り上げていくのか楽しみにしたい。【82~88、91~93、10~15年大相撲担当・河合香】