1月の初場所中に引退した大相撲の元横綱稀勢の里の荒磯親方(33)が「力士の象徴」という、まげと別れを告げた。

29日、東京・両国国技館で引退、襲名披露大相撲を、1万人を超える観衆が集まる大盛況の中で開催。約300人がはさみを入れた断髪式の終盤には、涙も流した。今後は師匠の隆の里、さらにその師匠の初代若乃花と3代続く横綱の系譜を受け継ぎ、横綱を育てることを誓った。

   ◇   ◇   ◇

断髪式も残り15人となったところで、大粒の涙が、荒磯親方の右目から流れ落ちた。父萩原貞彦さんがはさみを入れ、労をねぎらわれた時だった。幼少から元アマチュアボクサーの父、中学卒業後からは、先代師匠の故鳴戸親方(元横綱隆の里)に厳しく育てられた。この日はちょうど先代の誕生日。土俵を「崖っぷちだと思え」と、命がけの戦場にたとえた先代は、8年前に他界した。怖かった父にも優しくされ、約17年間の土俵人生が終わったことを再認識。感極まった。

その後は次々とライバルがはさみを入れた。04年九州場所で同時に新入幕を果たした元横綱日馬富士のダワーニャム・ビャンバドルジ氏や、白鵬、鶴竜の現役両横綱、史上最多66度も対戦した前頭琴奨菊-。「一緒に戦ってきた仲間。特別な思いがある。いろんな方に来ていただいて幸せです」。国技館の土俵で、そんな面々から「お疲れさま」と声を掛けられた。再び涙腺が緩みかけたが、踏ん張った。

1万人超の観衆からは何度も稀勢の里コールが起きた。「ありがたい。あの歓声が最後と思うとさびしい。あの歓声に何度も助けられたから」。左大胸筋を断裂しながら「損傷」と軽い診断名を発表して土俵に立ち、逆転優勝した一昨年春場所を思い返した。

「力士の象徴」という大銀杏(おおいちょう)を落とし、整髪の間に「力士卒業」と切り替えた。次の目標を問われると「健康でいること」と笑った。真意は「健康でないと力士は育てられない」からだという。元横綱初代若乃花から見て孫弟子にあたり、横綱の系譜を継ぐ珍しい3代目だ。

荒磯親方 横綱(元隆の里)のもとで育ち、横綱とはこういうものと近くで聞いていた。その経験が多少は生かされた部分はある。そういう経験は何人もできるものではない。横綱の気持ち、精神力を教えていくのも務めだと思う。逃げない。一生懸命。正々堂々。それはピンチの時に出る。教えをつなげていきたい。

日本人横綱に託された使命は、後継者の育成に他ならない。【高田文太】