元関脇安美錦の安治川親方(43)の引退相撲が29日、東京・両国国技館で開催された。断髪式での父・杉野森清克さん(72)の立ち居振る舞いが、粋だった。

清克さんがマゲにはさみを入れたのは、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)の1つ前。はさみを入れた後、正面、東、向正面、西、そして正面と順に頭を下げ、去り際に右手で素っ気なく、声をかけることもなく、安美錦の左肩をボンとたたいた。安美錦の目からは、涙があふれた。親子でしか成立し得ないやりとりだった。

はさみを入れた場面について、清克さんは「さっぱりしました。あまり感傷的にはならず、涙は出ない。必ずこういう時は来るし、分かっていたことですから」と話す。その後、四方に頭を下げたことには、親としての心を込めた。「今まで応援してくれた方に対して、長い間ご支援いただいたという感謝の気持ちです」。

そして、あの肩ポンは…。

「何も言わなくても分かるし、今まで生まれてから相撲一筋の子だったから…。俺も3、4歳のころから相撲を教えてきたから、気持ちは言わなくても分かるし。親としては、長い間ごくろうさま。パーンとたたけば、子供だもの分かるでしょう。よく頑張ったなと。肩一つたたけば、分かる」

あの日の夜、断髪式の後は親子3代で食事をした。あの場面のことや、相撲のことは一切話さなかった。孫たちが、漁師を務める清克さんの船に乗りたいと話していたという。

一夜明け、清克さんは東北新幹線を乗り継いで、青森県西津軽郡深浦町に戻った。酒を飲んでいると、テレビのニュース番組であの場面が流れてきた。安美錦が泣いていたことを映像で知った。「泣いてるんじゃないかなと思っていました。俺は、泣けば格好悪いから、涙はこらえていました」。父はどこまでもかっこよかった。【佐々木一郎】