<吉田秀彦引退興行:ASTRA>◇25日◇東京・日本武道館◇観衆1万2093人

 あらゆる思いが交錯した15分間だった。「殴り倒す」との宣言通り、中村和裕(31=吉田道場)が心を鬼にして吉田の顔面にパンチを放った。手数が減った2回には、吉田から「来い!」と挑発される。「自分も行かなきゃ」。自分のほおをはたき、再び打撃戦へ。3回には開始から約15秒間、がむしゃらに打ち合った。

 最後は力いっぱい吉田の右手を絞め上げた。判定結果は完勝。リング上で吉田から「すごいプレッシャーでよくやったな」と声を掛けられ、「本当に格好良かった。やりながら『すごいんだな』って思ってた。この試合でも引き出してもらった」と、しみじみ語った。

 柔道家から総合格闘家と、同じ道を歩むパイオニアの背中を常に追い続けてきた。一番弟子だからこそ、偉大な先輩と常に比較された。「プラスにもマイナスにもなった」。励みにもなれば、重圧にもなった。昨年8月の三崎戦後は、敗戦のショックと自分への歯がゆさから、自分のブログに「限界かな」と記しこともあった。それから約半年後、吉田が引退表明。師匠が格闘家であるうちに自らの手で乗り越えようと、引退試合の相手を熱望した。自分が黒星をつけることが、最高のはなむけになることは分かっていた。

 試合後、「吉田さんと同じような引っ張り方はできない。できる範囲で引っ張っていこうと思う」と宣言した。「自分は死ぬまで引っ張っていきたい。吉田さんは安心して柔道界に戻って、また力を貸してほしいなと思ってます」。吉田の責任感と熱い格闘家魂は、中村にしっかりと受け継がれた。【浜本卓也】