又吉直樹(36)の芥川賞受賞作「火花」がネット配信のオリジナルドラマ化されてから3カ月が経過した。注目作だけに最初の映像化は映画かテレビの連続ドラマと思っていた。総監督を引き受けた廣木隆一監督(62)からして最初は「えっ 映画じゃないんだ?」と思ったそうだから、「意外な選択」だったことは間違いない。


ドラマ「火花」の1場面 ©2016YDクリエイション
ドラマ「火花」の1場面 ©2016YDクリエイション

 それでも、原作を読み直した廣木監督は「2時間に収めるのは難しい。10本のドラマの方が細かいところまで描き出せる」と思い直したそうだ。主演は林遣都。相方には林がデビュー時から先輩と慕う波岡一喜を配するなど、キャストには深い配慮が感じられる。演出陣にも「凶悪」の白石和弥、「ファの豆腐」の久万真路、「横道世之介」の沖田修一と勢いのある監督がそろった。

 映像の奥行き、クレーン撮影を織り込んだ動きのあるカメラアングルでスケールの大きさも感じさせる。それでも全10話なら、なぜテレビの連続ドラマではいけなかったのか。ネット配信業務の関係者が明解に答えてくれた。

 「テレビドラマだと毎回決まった時間で終わらなくてはならないし、1話ごとに必ず盛り上がりを作らなくてはいけない。その回の中でもCMを意識してその前後にも見どころが必要になる。不自然な細工を入れなくてはいけなくなるんです。ネット配信なら、その回の内容によって長さは前後してもかまわないし、CMを意識した余計な演出も必要ないんですよ」

 原作のイメージにより忠実な映像化が可能で、原作と映像化作品は別物という視点に立っても、より自在な演出の幅が与えられるという訳だ。作り手にとってもむしろ好環境といえる。ドラマ「火花」は国境に縛られないネットの特性も存分に発揮し、6月末の配信開始から字幕は24言語に広がっている。

 これまで映画、ドラマ、ミュージカルと幅広くメディア展開してきたコミック「デスノート」(大場つぐみ原作)が米国で実写映画化されることが報じられているが、この映像化を進めているのも実はネット配信の最大手Netflixである。加入者数が世界で8000万人を超えるというからそのパワーは絶大だ。劇場用の映画ではいくら拡大公開しても動員数は追いつかない。資金力があるから、製作費も潤沢だ。

 Net社はレンタルビデオのオンライン化がビジネスの出発点だが、13年にはオリジナルドラマ「ハウス・オブ・カード」を製作。この作品がいきなりエミー賞やゴールデングローブ賞を受賞したのをきっかけにオリジナル作品に力を入れるようになった。


ドラマ「火花」の1場面 ©2016YDクリエイション
ドラマ「火花」の1場面 ©2016YDクリエイション

 すでに撮影中の「デスノート」は、主人公ライトに「きっと、星のせいじゃない。」のナット・ウルフ、ヒロインにマーガレット・ケアリー、ライトのライバルL役に「グローリー 明日への行進」のキース・スタンフィールドと活きのいい俳優がをそろっている。監督も「サプライズ」「ザ・ゲスト」とスリラー作品で切れのいい演出を見せたアダム・ウィンガードである。ハリウッドの大手スタジオに遜色のない布陣なのだ。

 「ネット上の映像でオリジナル作品を製作する利点は、クリエイターのやりたいことを重視する『クリエイターファースト』という考え方を貫けること。世界で何千万人という会員に瞬時にアピール出来ることです」

 吉本興業でデジタルを中心としたコンテンツビジネスを担当する山地克明さんが、「火花」をネット配信で映像化した理由について端的に説明したコメントだ。

 オリジナル映像を「ネット配信」からスタートすることは決して「意外な選択」では無くなってきているようだ。【相原斎】