じわっと忍び寄ってくるような恐怖感は何なのだろう。ドロドロの映像を見た後の不思議なすっきり感は何なのだろう。11日に公開される「哭声(コクソン)」は韓流映画の快作だ。

 のどかな田舎の村にえたいの知れないよそ者がやってくる。いつ、なぜ…その理由が分からないまま、その男にまつわる謎めいたうわさが広がっていく。

 そして村人が自分の家族を惨殺する事件が起きる。解決の糸口もつかめないうちに同様の事件が相次ぎ、署員3人の小さな警察署は大混乱に陥る。署員の1人は自分の娘にも殺人犯と同じ湿疹があることに気付いて…。

 よそ者役としてこの作品に参加した国村隼はどこまで懐が深いのか。もともと謎めいた雰囲気を醸すのが得意な役者さんだと思うのだが、異国の山奥というロケーションを得て、ますます心を読ませない。ナ・ホンジン監督の、虚実の境目をうまい具合に曖昧にした演出で、恐ろしいビジュアルでも登場するからたまらない。圧倒される。

 ホンジン監督にとっては「チェイサー」(08年)「哀しき獣」(10年)に続く長編3作目で、2年8カ月のシナリオ作業、6カ月の撮影、1年の編集作業だという。その緻密な作り込みに感服させられる。

 国村とは対照的に「哀しき獣」のクァク・ドウォンの警察官がとにかく軽い。謎めいたうわさに恐れおののき、娘にできた謎の湿疹に動揺しまくる。ビジュアルが似ているから、どうしても上島竜兵が頭に浮かんでしまう。國村との目いっぱいのコントラストが見どころだ。

 配役のアンサンブルが素晴らしく、祈■(きとう)師役のファン・ジョンミン、事件の目撃者チョン・ウヒも熱演でキャラを立てている。

 高いクオリティーのうわさはトレンドに敏感な人のアンテナにも引っかかるようで、最終試写には小泉今日子の姿もあった。試写後、関係者に「怖かった~」と率直な感想を伝えていた。後日配給会社に「静かな美しい山村の暗闇に引きずり込まれそうだった。それは自分の心の中の闇でもあって…ひゃー! 恐ろしい」とコメントを寄せている。

 韓流の人気者イ・ジュンギが主演した4月公開の「シチリアの恋」は対照的に怪作である。

 ジュンギの人気ぶりは昨年末に米映画「バイオハザード ザ・ファイナル」の来日イベントで実感した。われわれ日本のマスコミは主演のミラ・ジョボビッチやハリウッド・デビューのローラばかりを取り上げたのだが、会場に詰めかけた若い女性の大半の視線はジュンギに向いていた。

 「シチリア-」も中国の新進女優チョウ・ドンユイを相手役に台湾出身のリン・ユゥシェン監督がメガホンを取った注目作なのだが、強引過ぎる展開に腰が引け、引っ張り回された印象があった。

 上海とシチリア。舞台を思いっきりワールドワイドに広げ、視点や時系列も思いっきり分解再構成する試みだが、構想が大きすぎてちょっと手に余ったようなところがある。

 役者さんが悪いわけではないが、2人の行動になぜ、どうして…が多すぎてなかなか物語に入っていけない。韓国や中国の感情表現はそもそも日本から見れば過多なところがあるが、それを割り引いても主人公たちの言動が単なるわがままに見えてしまうところがあった。翻弄(ほんろう)される上司や、とばっちりを受けるアパートの階下の住人のおうような人柄ばかりが記憶に残る結果となっている。

 それでもジュンギ・ファンには見どころが少なくないはずで、満載の突っこみどころも逆に楽しめるのではないかと思う。

 快作、怪作…良かれ悪しかれ、韓流周りの映画界にはまだまだエネルギーがあふれている。【相原斎】

■は示ヘンに寿の旧字体

「哭声」の1場面 (C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION
「哭声」の1場面 (C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION