今年のアカデミー賞でSF作品として唯一作品賞にノミネートされたのが「メッセージ」(5月19日公開)である。計8部門にノミネートされ、結果音響編集賞に輝いた。娯楽作品の枠を超え、観客の心を揺さぶる文字通りのメッセージが込められた作品ということだろう。

 カナダ出身のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督(49)はこの高い評価で、SF作品に哲学的な匂いを漂わせるならこの人、という「ならではの位置」を確保した感がある。

 現在、注目作「ブレードランナー 2049」(10月公開)の編集作業中で、さらには「デューン 砂の惑星」のリメーク作品のメガホンも決まっている。

 超多忙の中、その監督が来日した。とんぼ返りの日程にもかかわらず、映画専門学校の学生ばかりを集めた特別試写会も開催。オタッキーなこの人らしいイベントだ。学生とのやりとりの中に人柄を垣間見ることができた。

 撮影現場は楽しいけれど、準備期間(プリプロダクション)にしんどさを感じるという監督志望の学生には「僕はむしろプリプロの方が好きだなあ」と切り返した。

 「だって、いくらでも夢想を膨らませることができるじゃない。実際に撮影に入るとそんな夢想もいろんな条件に負けて、どんどん削り取られてしまうからね。だから、自在にイメージを膨らますことができるプリプロ期間が大好きなんです」という。

 もっぱら横向きに飛んでいた円盤UFOを立てた不思議な光景、異星人が操る墨絵のような表意文字…。「メッセージ」の劇中も、プリプロで膨らましきったからこそ実現したであろうユニークな映像のオンパレードだ。

 「それに、撮影前の準備は何より大切だから。あらゆる障害、天候、アクシデントを想定して対処法を考える。映画は撮影前に8割方出来上がっているんだと思います」とも。

 「準備」の強調はイチロー選手に代表される一流アスリートがしばしば口にする言葉でもあり、この人のストイックな姿勢も実感できた。

 それでも「撮影中はパニックになってどこかに隠れたくなることがしばしばです。この作品は本当に完成するのだろうか? ものすごく不安になるんです」と明かす。

 どうやって気持ちを立て直すのか。そこはやはりイメージの世界だそうだ。

 「植物を連想するんです。キレイな花を咲かせるには時間がかかる。少しずつ水をやる、栄養を与える。そういう時間を受け入れるんですね。花は必ず咲きますから」

 今回の作品でも、出演者はエイミー・アダムス、ジェレミー・レナー、フォレスト・ウィテカーとくせ者VIPばかり。ままならない撮影環境に、100人を超えるスタッフを抱えて日々製作コストの重圧ものし掛かる。表面的には平然と構えて見せる監督の多い中で、さらっと心中の弱さものぞかせるところにむしろ好感が持てた。

 「プリズナーズ」(13年)「ボーダーライン」(15年)と社会派のアクション作品で力量を見せた後の「念願のSF作品」。いよいよ本領発揮ということなのだろう。

 宇宙人の「ヘプタポッド」はお決まりのタコのような造形だが、微妙にスモークを操った演出で決して漫画のようにはならない。俳優陣ではエイミー・アダムズが魅力的だ。多彩な役をこなす人だが、やっぱり知的な役が一番似合う。水を得たような好演だ。

 ユニークな構図に、俳優の持ち味も存分に引き出す。ヴィルヌーヴ監督の今後への期待は膨らむばかりだ。【相原斎】