公開中の映画「いぬむこいり」は4時間の長尺である。女性と犬が夫婦となる伝承民話「犬婿入り」がモチーフで、失恋の痛手から旅に出た女性教師が世間の不条理にもまれながら「犬婿」の神話世界に迷い込むファンタジックな作品だ。

 決して予算に恵まれていたわけではないが、「アジアの純真」(11年)の片嶋一貴監督が4部構成に工夫を凝らし、見応えのある作品に仕上げている。

 武藤昭平、山根和馬、江口のりこ、ベンガル、韓英恵らの個性派に加え、石橋蓮司、柄本明、さらにはPANTA、緑魔子とキャストにも厚みがある。

 限られた条件の中で、やり切った感のある映画は見ていて気持ちがいい。そして、この作品の軸になっているのがヒロイン有森也実(49)だ。監督の熱に浮かされたように「犬男」との全裸ラブシーン、放尿シーン…文字通り体を張った熱演だ。

 「撮影が終わったときは、もう女優辞めようと思いました。もういいって。時間がたってようやく立ち直ってきたところです」と振り返る。年齢のことはあまり言いたくないが、50歳を目前に本人も振り切った思いがあったのだと思う。

 幅広い役柄をこなしながら、女優としての有森の歩みは決して平たんではなかった。

 初めて取材したのは、86年に公開された映画「キネマの天地」のヒロインとしてだった。実はこれがいわく付きの作品だった。

 松竹大船撮影所の50周年に製作され、映画全盛期を舞台にしたメモリアル作品である。山田洋次監督がメガホンを取り、出演者には渥美清、中井貴一らが顔をそろえた。映画館の売り子からスター女優になるヒロインには、映画プロデューサー協会選定のエランドール賞に輝いたばかりの藤谷美和子が決まっていた。その夏は恒例のドル箱シリーズ「男はつらいよ」の興行を1回休み、松竹も勝負をかけていた。

 だが、鳴り物入りのこの映画が出足でミソを付けてしまう。情緒面に不安を抱えていた藤谷が突然降板してしまったのだ。急きょ行われたオーディションで選ばれたのが当時18歳の有森だった。大物ぞろいのスタッフ、キャストの中にいきなり無名の新人が投げ込まれた形だ。

 ミニシアター系で上映された「星空のむこうの国」のヒロインとして一部から期待された存在だったが、メジャー作品への抜てきは喜びよりは不安の方が大きかったと思う。

 この作品でブルーリボン新人賞などに輝いたものの、結局最初のつまずきがたたって記念作品としては興行が伸び悩んだ。

 5年後には大ヒットドラマ「東京ラブストーリー」の3番手、関口さとみ役で注目される。ほんわかキャラが、はっきりした物言いのヒロイン赤名リカ(鈴木保奈美)とは対照的だった。が、ほんわかさの中に「腹黒さ」を見た女性視聴者から反発を買ってしまう。好演があだとなった形だ。

 本人と役は別物なのに、かぶせて見られる傾向は否めない。人気ドラマならではの副作用だ。

 ヒロイン抜てきが不完全燃焼に終わったり、個性的な役柄があだになったり。この人のスポットの浴び方はある意味ユニークである。

 「いぬむこいり」のヒロインがたどる有為転変には、そんな彼女の半生が重なって見える。ちなみに「犬婿」に体を張りながら、私生活では19歳になる愛猫がいる。【相原斎】