都内を散策するたびに、個人的に思う「七不思議」のひとつに「意外なところにペルシャじゅうたん屋さん」がある。たいてい大通りから路地に入った「おやっ」という場所にある。高価な品物で、はたして採算がとれるのだろうかと思うのだが、イラン人とおぼしき店主は決まって感じのいい親日家だ。

 岡田准一が主演した「海賊と呼ばれた男」のもとになった史実までさかのぼれば、「石油」を通じてイランの危機を救った友好の根は確かにある。

 イランは中東の大国である。隣国イラクと比較してみると面積で3・8倍、人口で2・3倍、GDP比で1・6倍とその「大きさ」が見えてくる。

 一方で、国家レベルでは北朝鮮との深い関係も知られているから、日本との友好関係も微妙なバランスの上に成り立っているということになるのだろう。そもそも敵対的だった米国とは、トランプ政権になって入国制限の対象国として、緊張レベルが上がった。宗派上の関係で、ISからもテロの標的にされている。

 国際的な緊張にさらされているからだろうか。先日、初来日したイラン女優のタラネ・アリドゥスティ(33)には、尊敬するほどの「たくましさ」を感じた。

 主演映画の「セールスマン」(公開中)は今年のアカデミー賞外国語作品賞を受賞したが、タラネはノミネートの段階から入国制限に抗議して「授賞式ボイコット」をツイートした。これが、かえってハリウッドの反トランプの空気を後押しする結果につながったように思う。

 来日会見でも「参加するより効果があったと思います」。さらっと本音を語ってしまう人だった。

 会見は政治、経済、社会、芸能…担当の垣根を越えた日本記者クラブの主催だったから、文字通り八方から質問が飛ぶ様相だった。

 ハリウッド映画に登場するイラン人がたいてい悪役であることへの感想を求められると、「古くからある偏見で、現実との隔たりがあると思います。今はネットでさまざまな情報が行き来するので、そんな意識も変わってきたと思います」とよどみなく返した。

 79年のイラン・アメリカ大使館人質事件を描いた米映画「アルゴ」(12年)を題材に、劇中でも現実でもイラン側は「悪者」ではなかったのか、と畳みかけられても冷静に受け答えした。

 「あの事件のときは生まれていなかったのですが、親や知人から聞いています。映画も見ましたが、当時のテヘランの本当の状況は描かれていないように思いました。娯楽としての映画だから仕方ない部分はあると思いますが、真実は詰まるところ白や黒ではなくグレーなものだと思っています」

 「セールスマン」のアスガー・ファルハディ監督はアカデミー外国語映画賞をこの作品で2度目の受賞。国内外で高い評価を受けている。一方で、今年公開された「人生タクシー」のジャファル・パナヒ監督のようにイラン国内での活動を禁じられ、ゲリラ的な撮影を余儀なくされながら国外で評価されている人もいる。

 当然のようにイランの「検閲制度」についての質問も出た。宗教的な線引きがあって、「異教徒」には正直その差は分かりにくい。

 「脚本段階と完成品の2度のチェックがあります。何がダメで何がいいか。おおかたの作家はどの道を歩けばいいのか、分かっています。政治と芸術は折あっていけるものだと思っています」

 痛いところを突くような質問にも、悪びれるところなく現実的な受け答えをした。

 「セールスマン」はレイプ事件を題材にしているが、この部分でも決して情緒的にはならなかった。

 「日本やイランのような長い歴史を持つ国では、どうしても受け継がれてきた考え方があるので、こういう問題の解決を難しくしていると思います。女性が被害者となったことを『恥』と認識してしまうんですね。もっと法的に考えなければいけないんですね。被害者が自分は悪くないという意識を持つことが大切だと思います」

 一方で「私自身、そして周りにもレイプの被害者になった人はいなかった。だから、精神科医の話を聞いたり、被害者が書いた手記を片っ端から読んで、何とかその気持ちを理解しようと思いました」と謙虚な一面も見せた。

 第一印象は「端正な顔立ち」だが、どんな質問にも物おじしない。これほどの知性と強さを持った女優に会ったのは初めてかもしれない。【相原斎】