フランスの女優さんには年齢を超越した人が少なくないが、64歳のイザベル・ユペールの「現役感」にはちょっと驚かされた。

 デビュー45年の貫禄プラス匂い立つようなエロス。25日公開の仏映画「エル ELLE」の複雑怪奇な役柄は、彼女だからこそできたのだ、と思わせる。

 主人公のミシェルはやり手の経営者。ある日、1人で住む邸宅に覆面の男が侵入し、なすすべもなく襲われてしまう。直後、彼女は意外な行動に出る。警察には通報せず、何事も無かったように職場に向かうのだ。

 経営するゲーム会社には不満たらたらの男性スタッフがいる。さらに母親の愛人、元夫…。周囲に容疑者と思しき男はたくさんいるのだが、レイプ被害者が抱えるはずのトラウマも押さえ込み、独り犯人捜しに乗り出す精神力は何なのだろう。

 これは、ゲームのように入り組んだセックス・プレイなのか? とさえ勘ぐらせる。が、中盤、彼女の父親が終身刑で収監されていることが明らかになると、再びリアルな空気が漂い始め、警察に距離を置きたいこの人の心情にも察しが付いてくる。

 「ベティ・ブルー」(86年)の原作者としても知られるフィリップ・ディジャン氏は、女性の心の動きを複雑怪奇なミステリーに紡いでいる。

 重罪犯の父親に加え、若い愛人にうつつを抜かす母親、自立できずに恋人に振り回される息子、職場の若いスタッフの反抗…主人公の肩にのし掛かるものはあまりに多く、重い。この女性が秘めたしたたかさを想像させるには十分で、意外過ぎる展開を1拍おいて納得させる構成が見事だ。

 「氷の微笑」(92年)で知られるポール・ヴァホーヴェン監督は当初、米国を舞台に米国の俳優を使ってこの作品を撮るつもりだったそうだ。道徳観の欠如したような主人公の生き方に知己の女優たちはそろって抵抗を示し、ことごとく断られてしまったのだという。「氷の微笑」のシャロン・ストーンは今年1月、58歳には見えないツル肌水着姿をインスタグラムに披露していたが、そんな大胆な彼女も断ったということなのか。

 一方のユベールは原作を読んだときから「この役をやるのは私」と思いこんでいたそうだから、やはり根性がちがう。

 「氷の微笑」ではストーンの脚組み替えシーンのチラリズムがクローズアップされたが、ヴァホーヴェン監督は今作にも決めカットを用意している。冒頭の覆面男の襲撃シーン、ユベールの読めない表情が妙にセクシーで記憶に残り、この作品の「謎」を象徴する。

 78歳になった監督もまだまだ「現役」なのだ。【相原斎】