南米チリで歌手、女優として活躍するダニエラ・ヴェガ(28)が来日し、インタビューする機会があった。

 24日から日本公開される主演映画「ナチュラルウーマン」は、生物学的には男性、心は女性の主人公が周囲の偏見に翻弄(ほんろう)される物語だ。ヴェガ自身もトランスジェンダーであり、「グロリアの青春」(13年)で知られるチリの名匠セバスチャン・レリオ監督(43)は「マリーナ(主人公の役名)を演じられるのはダニエラしかいない」と初対面で起用を決めたという。

 「尊敬してやまないセバスチャンに監督していただけたのはとてつもない栄誉です。でも、劇中の『彼』に入り込むのはとびきり難しい作業でした」とヴェガは振り返った。

 映画では最愛の人に先立たれた主人公が遺族に疎外され、葬儀への出席も拒否される。性的マイノリティーを取り巻く過酷な環境が浮き彫りになる。実は素顔のヴェガにはそんな悲壮感がない。

 「私の場合は両親に理解があったので10歳の頃から『本当の自分』を解放することができました。芸術にも理解があって、その頃すでに私は合唱団で歌っていましたから」

 LGBTの人たちを取材した経験は決して多くはないが、両親に告白するのが最初の大きな関門だった明かす人がほとんどだった。そこでストレスをためることが無かったからだろうか、素顔のヴェガは実に堂々としていた。

 インタビューの前日には都立西高で生徒たちとディカッションを行った。「自由であること、誰もが共生できる社会。それが私の理想です。将来父や母となる皆さんにもしっかり考えてもらいたい」。初めての日本、地球の反対側の50人余りの若者たちを前にまったく臆するところがなかった。

 取材要請も多かったようで私のインタビューは十数番目。必須の質問であるトランスジェンダーとして立ち位置の話になると、ウンザリする様子も垣間見えた。「私自身を、演者としての個性をちゃんと見てほしい」と率直な思いも明かした。

 映画では、オープニングのイグアスの滝の俯瞰(ふかん)に息をのむ。主人公カップルの憧れの場所であり、大自然が人間社会のちまちまを笑うように映画は始まる。性的多数だ、小数だの区分けがそもそもばかばかしい、と言わんばかりの幕開けだ。

 チリの陽光、風…一方でカップルがデートを重ねたナイトクラブの妖しい照明。昼夜のコントラストが主人公の立ち向かう現実と夢想を色分けしている。

 「彼が死んですべてを失った彼女は、ささやかな思い出さえも奪われてしまう。でも、それを越えて生きなければいけない。監督が抱くイメージの中にいかに自然に溶け込めるか。そればかり考えていましたね」

 周囲の偏見、疎外があるからこそ、数少ない理解者の温かさ、純粋な愛がにじみ出るように印象に残る。ヴェガの素直な演技は喜怒哀楽が分かりやすい。

 次回作ではストレートな女性を演じるという。

 「これまでには男性を演じたことがあるし、監督がイメージするキャラクターに私の演技力がついていけるなら、どんな役でもやりたいですね。できるかできないかを決めるのは私自身だと思います。私ってとっても振り幅の大きいアーティストなんですよ」

 最後は飛びきりの笑顔を見せた。【相原斎】