3月に発表される米アカデミー賞で、最多13部門ノミネートとなった「シェイプ・オブ・ウォーター」は、アマゾンから運ばれてきた謎の生命体とシャイな女性の恋物語である。

 「バンズ・ラビリンス」(06年)「パシフィック・リム」(13年)…不思議世界を作り続けてきたギレルモ・デル・トロ監督(53)ならではの異色作だ。来日した監督にインタビューする機会があった。

 「アカデミー賞にノミネートされるのは『バンズ・ラビリンス』(6部門)以来です。あれもかなりひねりを加えたダーク・ファンタジーでしたけど、どうしても撮りたかったもの。今回の作品といい、僕の色を強く出したものが認められるのは正直うれしいです」

 映画の舞台は60年代のNASA。くしくも昨年のアカデミー賞で注目された「ドリーム」(セオドア・メルフィ監督)と同じ背景だ。

 「トランプ大統領が『アメリカが偉大だった』という時代。実は偏見と差別に満ちていた時代です。『ドリーム』と同じ時代、同じNASAを舞台にしたというのは、意識したわけではないけど、よそ者を恐れ、排除する今の考え方がもっと顕著だったことは確かで、あえてその時代を背景に愛と共生を描きたかったんです」

 「ドリーム」では黒人の女性科学者が偏見の壁を乗り越えたが、「シェイプ-」では清掃係の女性がよそ者の象徴である謎の生命体に恋をし、偏見の塊のような上司を出し抜く。社会的弱者のヒロインは声も失っている。「ブルー・ジャスミン」(13年)のサリー・ホーキンスがそんな不遇とそれでもまっすぐに生きる様を等身大に演じている。同僚の黒人女性には「ドリーム」のオクタヴィア・スペンサーがふんし、ここにも不思議な共通点がある。

 「登場人物それぞれに僕のいろんな思いを反映させているんですけど、一番重なっているのが、実は嫌な上司のストリックランド(マイケル・シャノン)なんです。彼なりの信念に駆られて突っ走るけど、しくじって用済みになると上官からあっさり捨てられる。映画界に当てはめれば、これまでにいろんなプロジェクトで走らされ、ときに置き去りにされた僕の気持ちに重なるんですよね(笑い)」

 このストリックランドの憎めない部分といい、NASAに浸透していたソ連スパイの意外な良心といい、善悪一筋縄でいかないところも、またデル・トロ流といえる。

 そもそもこの作品のベースになっているのが54年のSFホラー映画「大アマゾンの半魚人」だ。

 「50年代だったら、ストリックランドが正義の人、謎の生命体が悪者という構図で描かれたと思うんですけど、僕はそれを反対に描きたかった。異なるもの、よそ者を心身ともに美しいものとして提示したかったんですよ」

 「バンズ・ラビリンス」で悪夢のキャラクターを演じたダグ・ジョーンズふんする「半魚人」には、女性がひき付けられる魅力が必要だった。

 「ダグが着るスーツは何度も家に持ち帰って、わが家の女性陣から意見を募ったんです。ヒップラインや唇の形は、実は家族の意見が色濃く反映されているんですよ(笑い)」

 そして、何と言ってもこの作品の決め手は異色のヒロインの存在感だ。アカデミー賞を競う「スリー・ビルボード」のフランシス・マクドーマンドとともにいわゆるハリウッド美女のカテゴリーに収まらないキャラクターだ。

 「最初からホーキンスをイメージして、脚本は当て書きでした。実際に会ってみると、彼女はちょっとした作品を書いていて、そこには今回のヒロインと重なるものが少なくない女性像が書かれていたんです。映画には彼女のアイデアをかなり反映しました。演技があまりにも自然で、僕から言うことは実はほとんど無かったんですよ」

 「スリー・ビルボード」のマーティン・マクドナー監督はロンドン生まれ、デル・トロ監督はメキシコ出身。アメリカ・ファーストの現大統領の思惑とは逆に多様化、多国籍化が印象的な今年のアカデミー賞候補作品は、ハリウッド映画のヒロイン像の幅をグンと広げている。【相原斎】