伝説となった一戦が映画でよみがえる。38年前、ウィンブルドンで繰り広げられたビヨン・ボルグとジョン・マッケンローの全英オープン決勝戦。「ボルグ マッケンロー 氷の男と炎の男」の31日公開を前に、この戦い、そしてウィンブルドンに熱い思いを抱くスポーツキャスター松岡修造(50)に聞いた。

 その年、中学生になったばかりの松岡は、勉学よりテニスに熱中する毎日だった。「すさまじい試合でした。ワンプレーワンプレーが記憶に焼き付いて、友人と何度もエアテニスでリピートしていましたね。タイブレークの尋常でない緊張。僕がウィンブルドンを意識したのもあの試合がきっかけでした」と振り返る。

 1980年(昭55)はいろんな意味で節目の年だった。巨人の王貞治選手が現役引退し、長嶋茂雄監督が退任。さらには山口百恵の引退、結婚も重なった。歴史に刻まれた一戦はこの年の7月6日のことである。

 上り調子のマッケンローはネットに出て多彩な攻撃を見せた。一方のボルグはこれを深いところで受けて重いトップスピンをかけて打ち返す。アウトしそうなボールがライン際にインして、すり鉢状の客席から歓声が響いた。

 95年にはウィンブルドンで実際にベスト8入りした松岡はセンターコートの独特な空気を鮮明に覚えている。「一歩踏み入れた芝生の感覚がまず違うんです。観客もその歴史を魂を感じていて、独特な空気がみなぎっている。あのボルグが見た光景を僕が見ている。あの一戦だけでなく、そこには名勝負の積み重ねがある。今年もことごとく接戦で素晴らしい試合が続きましたが、あれはウィンブルドンの空気がそうさせているんですよ。確かに暑さもあったけど、過酷な条件をプレーヤーの力に変えてしまうような、不思議な空気があそこにはあるんです」という。

 プレイスタイルも対照的なら性格も正反対。沈着冷静なボルグは「氷の男」、激情家のマッケンローは「悪童」と呼ばれた。

 「映画でも描かれますが、少年時代に激情的だったのはむしろボルグの方だったんです。それを信じられないくらいたくさんのルーティンで封じ込め、氷の男と呼ばれるようなスタイルを確立した。一方のマッケンローはラケットを投げたり悪態をついたり…。僕は彼が意図的にああいうことをして精神のバランスを取っているんだろうとずっと思っていたんですけど、実は素のままだった。あの一戦のさなか、感情を爆発させたマッケンローにボルグは『君の気持ちは分かるよ』と声をかけるんです。それで、マッケンローは感情をセーブすることができた。観客もそんな彼を称賛しました。諭したりするのではなく、理解を示した。ボルグには彼の気持ちがよく分かったんですね。マッケンローは敗れるわけですが、だからこそ、その後の黄金時代があったんだと思います。逆に翌年の決勝でマッケンローに敗れたボルグは26歳にして引退の道を選ぶ。強さと脆さは両刃だったんですね」

 松岡はそのマッケンローとサントリー・オープンで実際に対戦している。88年、伝説の一戦から8年後のことだった。

 「その前の3回戦で当たった(ミロスラフ・)メチージュ(当時世界7位)が試合中にぎっくり腰になるというハプニングもあっての対戦だったわけですから、僕はノープレッシャー。サービスエース13本とか、今まで入ったことないようなショットを決めたり…。後から考えると、マッケンローが僕にそうさせてくれた気がします。エネルギーをくれたんですね。試合後に握手したとき、彼は勝者として『お前はもっともっとできるぞ』と言ってくれた。ボルグに敗れてマッケンローも多くを学んだ。その感覚が分かる気がしました」

 この映画を見て、改めて時代の流れも感じるという。

 「今は選手ファーストの環境が確立していますが、当時はトップクラスでも、いやだからこそかもしれませんが、今では考えられないような外的プレッシャーにさらされていたことを実感しました。メディアには容赦なくたたかれ、否応なくスケジュールが詰め込まれていく。ボルグもマッケンローもあの環境で戦っていたということが、あらためてすごいのだと思います。今の選手たちにぜひともみてもらいたい」

 一方で、環境は変わってもトップ中のトップの戦いに漂う緊張感は変わらない。

 「僕には想像できない部分もあるけど、(錦織)圭はその中で戦っている。今年のウィンブルドンではジョコビッチに敗れてベスト4に行けなかったけど、明らかにテニスでは負けてなかった。ジョコビッチのタフさに負けた。タフであれば200%勝ってましたよ。今年は僕は絶対優勝できると思ってましたから。でもセンターコートに立って、お前にはこれが足りないんだということをとてつもなく学んだと思います。本当の世界一は、本当のタフさは…この映画には、それを感じさせるものがあります」【相原斎】

 ◆ボルグ マッケンロー 氷の男と炎の男

 80年の全英オープン決勝戦の表裏を、両者の青年時代のエピソードを織り込みながら描く。ボルグ役にスウェーデン出身のスべナル・グドナソン、マッケンロー役にシャイア・ラブーフ。2人の成り切りぶりも見どころ。ドキュメンタリー出身のヤヌス・メッツ監督。

 ◆松岡修造

 1967年(昭42)11月6日、東京生まれ。ATP自己最高ランクは46位。95年全英オープン男子シングルスで日本人として62年ぶりににグランドスラム・ベスト8入り。日本テニス協会理事強化本部副部長。

「ぜひ、ケイ(錦織圭)にも見てもらいたいね」と言う松岡修造(撮影・たえ見朱実)
「ぜひ、ケイ(錦織圭)にも見てもらいたいね」と言う松岡修造(撮影・たえ見朱実)
「ボルグ マッケンロー 氷の男と炎の男」の1場面(C)AB Svensk Filmindustri 2017
「ボルグ マッケンロー 氷の男と炎の男」の1場面(C)AB Svensk Filmindustri 2017