フランスのミステリー作家ピエール・ルメートルの「その女アレックス」を読んだのは、本屋大賞(翻訳小説部門)で1位を取った後だから4年近く前になる。

キャラの立った登場人物、本格ミステリーの筋立てに引き込まれ、この作品と前後する「悲しみのイレーヌ」と「傷だらけのカミーユ」を合わせたヴェルーヴェン警部3部作を短期間で読み切った。この間に文庫本化されたのが今作「天国でまた会おう」(3月1日公開)の原作だ。

ルメートルつながりで手に取ったのだが、最初は違和感があった。舞台は3部作の現代から、いきなり第1次世界大戦末期に移され、ミステリーというよりはヒューマン・ドラマの色合いが濃い。最初はだまされたような気がしたが、先の読めない筆運びにいつの間にか夢中になり、読み終われば、胸の奥にじんと残る読後感があった。

ルメートル作品の主人公は身体的コンプレックスを抱えていることが多い。例えば、ヴェルーヴェン警部は身長140センチ台である。そんな設定が独特の視点や感情描写の厚みとなっているのだが、今作は極端だ。映像化は難しいだろう、と思っていた。

主役コンビの片割れエドゥアール(ナウエル・ペレーズ・ビスカヤード)は戦場でアゴを吹き飛ばされ、言葉が発せられない上に鼻から下を覆うマスク無しには人前に出られない。そのマスクは妙に芸術的な自作である。一歩間違えば怪奇映画のようなビジュアルになってしまうし、彼を慕う少女との微妙な関係も、その雰囲気だけを想像できる小説の世界だからこそ成り立つと思っていた。

そんな高いハードルをクリアしたのが監督、脚本、そして主役コンビのもう1人、マイヤールとして出演もしたアルベール・デュポンテルと、共同脚本に入った原作者ルメートル本人だ。セピア色に見える戦場、自作マスクをアートに見せる絵画のようなドラマ部分。ルメートルはデュポンテルの仕事ぶりを「才気あふれる驚きばかりで、私はもっとも幸福な小説家」と最上級に評価している。

原作からの足し引きはもちろんあるが、小説を読んだときに抱いたイメージに近いし、それをいい方に膨らませた印象があった。ユーモラスな描写もあって不必要な緊張感を強いるところもない。そしてコンビの固い友情、エドゥアールと厳格な父の深い愛情にグッとくる。

大戦末期の西部戦線で、理不尽な上官によって体と心に大きな傷を負った主役2人は何とか戦後を生き抜く。上官に象徴される権力者への恨みは消えない。実は富豪の長男で美術の才能に恵まれたエドゥアールと実直で行動力のあるマイヤールはある「計画」でそんな権力者に一泡食わせ、大金を稼ごうとする。くしくも、そこにはあくどさを武器に戦後ものし上がったあの上官がいて…。

サディスティックな上官を演じるのは仏人気コメディアンのロラン・ラフィット。彼をよく知るフランス人にはけっこう笑える演技なのだろうが、あまり知らないこちらからすればただただ憎らしい男に見える。それだけ好演ということなのだろう。

エドゥアールと心を通わす少女ルイーズを演じたエロイーズ・バルステールもしたたかな演技。彼の言わんとするところを読み取る「通訳」の役割で、しっかりと映画の軸になっている。

ポスターなどにはアート色が強いが、ルメートルならではの「謎解き」がしっかりと底流にあり、ひと味違う娯楽作品に仕上がっている。

【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)