この夏、ハリウッドで日本の神話にインスパイアされた1本のアニメが話題になっています。クボという名の少年が主人公の「クボ・アンド・ザ・トゥー・ストリングス(原題)」は、昨今の主流であるCGではなく、1コマごとに撮るストップ・モーションで製作されたアニメ。つまり、実際に作られたセットと人形を使って少しずつ動かしながら1コマ1コマ撮影し、編集でつなげて連続して動いているように見せる技法で作られたものです。何とも気が遠くなるような作業が行われたことは想像に難くないですが、製作したのは「ティム・バートンのコープスブライド」(05年)や「パラノーマン ブライス・ホローの謎」(12年)などのストップ・モーション映画やテレビCMの製作を05年から手掛けているスタジオ「ライカ」。本作は美しく精密な描写と独創的なストーリーのみならず、超豪華な声優陣でも注目を集めています。

 ハリウッドで作られたこの手の作品の多くは、日本の描写でどこか違和感を覚えるものですが、今作品は監督を務めたライカの会長兼最高経営責任者のトラビス・ナイト氏のこだわりがとてもよく感じられます。スポーツ用品大手ナイキの創業者で現名誉会長のフィル・ナイト氏を父に持つ同監督は、幼い頃から父に連れられて度々日本を訪れていたといいます。そこで見た景色や文化、アート、建築などに魅了され、いつしか日本を舞台にした作品を作りたいと願うようになったということからも、この作品への思い入れが伝わってきます。徹底的なリサーチとスタッフの並々ならぬ努力で、セットの細部にわたるまでのディテールや衣装など全てにおいて、日本の雰囲気がとてもよく描かれており、ストーリーの面白さと相まって観客を自然と物語の中へと引き込んでいきます。お盆の季節に村人が墓参りをすると先祖の魂が帰ってくるシーンや、灯篭流しなど幻想的で美しいシーンも多く、折り紙や三味線など日本の伝統的な要素も随所に散りばめられており、そこにあるのは紛れもなく日本の原風景そのものです。

 また、ストップ・モーションで撮影したとは思えないほどの精密で美しい描写も高く評価されています。特に激しいアクションシーンの動きや猿の毛並み、悪役のマントの羽、髪の毛の動きなど、ひとつひとつがとてもハイクオリティーです。海のシーンなど一部では背景にCGを用いていますが、どこから絵でどこからがCGなのか分からないほどうまく融合されていて、まったく違和感なく最後まで楽しむことができます。

 本作は、吟遊詩人として慎ましい生活を送っていた片目のクボが、思いがけず先祖の霊を呼び覚ましてしまったことから、不思議な力を持つ三味線を手に、猿とカブトムシと共に亡き父の真相を解明するための旅に出る物語です。クボの声を演じるのはアート・パーキンソンで、猿はシャーリーズ・セロン、そしてカブトムシはマシュー・マコノヒーという豪華俳優陣が務めています。他にも、「スター・トレック」シリーズでおなじみのジョージ・タケイが、クボの父親役で出演しています。

 日本公開は未定のようですが、独特の世界感と圧倒的なスケールの今作は間違いなく今年度のベストアニメーションといえるでしょう。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)