小澤征爾さんが指揮した歌劇「こどもと魔法」を収めたアルバムが昨年、音楽業界で最も栄誉ある賞「グラミー賞」の最優秀オペラ録音賞を受賞しましたが、近年は同じくグラミー賞を獲得したジャズピアニストの上原ひろみさんやシンセサイザー奏者の喜多郎さん、太鼓奏者の中村浩二さん、クラシックピアニストの内田光子さんら、アメリカで活躍するアーティストが増えています。スポーツや映画の世界だけでなく、音楽の世界でも多くの日本人がアメリカを舞台に活躍していますが、キーボード奏者として2014年にスーパーボウルにも出場したLA在住のプロデューサーで作曲家でもある山口潤也さんにお話を伺いました。

 Juny Magのアーティスト名で活動する山口さんは、ニューヨーク留学中に人脈作りのために参加していたジャムセッション(演奏家が集まり、自由に行う即興演奏)をきっかけにキーボード奏者としての仕事がどんどん舞い込んでくるようになったと言います。「親がエレクトーンの先生だったので子供の頃から習っていて、10歳からキーボードを始めました。中学でドラムを始めてロック、大学に入ってジャズピアノを始め、ファンクバンドもやっていました。演奏家ではなく、プロデュースや作曲の道に進みたいと思い、大学卒業後にニューヨークに留学しました。人脈を作るために行っていたジャムセッションがきっかけで、いろいろなアーティストから声がかかるようになり、キーボード奏者としてライブやイベントに呼ばれて演奏するようになりました」

 第48回スーパーボウルのプレゲーム・ショー出演という大きなチャンスをつかみ、女優としても活躍するクィーン・ラティファのバックでキーボードを演奏。「知り合いのステージプロデューサーから声をかけてもらい、8万人のお客さんの前で演奏する素晴らしい経験をしました。そのプロデューサーはビヨンセも担当しており、その縁でビヨンセのアルバムのセッションにも呼ばれ、スタジオで曲を作るメンバーにも入りました。ライティングセッションといって、いろいろなプロデューサーが集まって曲を作るのですが、残念ながらリリースされたアルバムに自分が作った曲は入りませんでしたが、改めて自分は演奏よりも曲を作る方が好きなのだと感じました。2014年は、リンゴ・スターのイベントにも演奏家として参加させてもらい、またデスティニーズ・チャイルドのケリ-・ローランドのライティングセッションにも参加しました。それまで蒔いてきた種が一気に花開いたことで演奏家としての活動に一区切りを付け、当初からの目標だったプロデューサーや作曲に専念するため昨年、LAに移住しました」。

 演奏家とプロデューサーではマインドに違いがあるといいます。「ギャラの交渉の仕方ひとつとってもまったく違いますし、音楽に対する見方も違ってきます。演奏家は演奏をすればその人がどれだけ上手いかすぐに分かりますが、プロデューサーの場合は一緒に曲を作らないとその人の価値や才能が分かりにくいですし、プレゼン能力がないと良い作品を作っても世に出すことが難しい。実は演奏家とプロデューサーの両方のマインドを持ったミュージシャンはなかなかいません。ビヨンセのプロデューサーでさえ、楽器が弾けない、音楽の理論が分からないという人が多いんです。基本的な音楽の理論を知らない分、感覚で作るという強みがありますが、逆に言うと一つの音しか作れないために一発屋で終わってしまう可能性もあります。おごりではないですが、自分は演奏家でもあるので、それは大きな強みだと思っています」

 NY在住のアーティスト、アンディー・スズキの来年1月発売予定のアルバム「The Glass Hour」で、全曲プロデュースに初めて挑戦。「プロデューサーと一言でいっても、ビヨンセのようなトップアーティストの場合は1曲作るのに十数人が関わっていて、いろいろな人がメロディーを作って良いところをつなぎ合わせています。2012年に清水翔太のプロデュースを手掛けたこともありますし、JUJUの共同プロデュースもしましたが、デモをもとに曲作りからリリースまで自分ひとりでプロデュースしたのはこれが初めてです。自分の曲を作る時は、扉を外して好きなようにやりたいことを入れ込むことができますが、他の人の曲を作る時は相手のやりたいことを踏まえた上で、自分のカラーをどのくらい入れるかバランスを考えながら曲作りをしています。良い意味でパクることや、その人のカラーに染まるカメレオンのようになることが大切だったりします」。

 毎月1曲のペースでいろいろなアーティストとコラボした曲をネット配信するプロジェクトをスタート。「これまで一緒に活動してきた人たちと、自分のオリジナルの曲でコラボするプロジェクトを今月から始めました。第1回目となるシングル『In My Head』はiTunesなどで聴くことができます。プロデューサーは、自分の作品を出し続けること以外に認めてもらう術はないので、そういう意味ではLAに移住して1年経ったこれからが勝負だと思っています」。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)

プロデュースを担当するアンディー・スズキのアルバム
プロデュースを担当するアンディー・スズキのアルバム