アカデミー賞まで2週間を切りましたが、今年はドナルド・トランプ米大統領の誕生で政治情勢が色濃く反映する授賞式になる可能性が高くなってきました。

 アカデミー賞は過去2年連続で俳優部門にノミネートされた20人全員が白人だったことから、「白すぎるオスカー」とやゆされ、ウィル・スミスらが授賞式出席をボイコットする騒動に発展したことは記憶に新しいところ。多様性拡大の方針を発表した今年は7人のマイノリティがノミネートされ、多文化的な顔ぶれが並ぶ新たなオスカーを象徴する年になるはずでした。しかし、トランプ大統領によるイスラム圏7カ国からの入国を禁止する大統領令により、外国語映画賞にノミネートされたイラン映画「セールスマン」の主演女優タラネ・アリドゥスティとアスガー・ファルハディ監督が入国制限に抗議するため、授賞式を欠席することを表明。授賞式に先だって行われた候補者が一堂に会する昼食会でも、シェリル・ブーン・アイザック会長が「米国は障壁ではなく、灯台であるべき。我々は表現の自由を制限しようとする人々に立ち向かう」と語るなど、早くも波紋を広げています。

 そんな中、トランプ大統領の大統領令に抗議するため、大手芸能事務所が毎年恒例だったアカデミー賞授賞式前のパーティーを中止することを発表。ハリソン・フォードやマライア・キャリーら多くのスターが所属するユナイテッド・タレント・エージェンシーは、同社のジム・バーカス会長が所有する豪邸で毎年豪華なパーティーを開催していましたが、今年は「反移民感情に対してエンターテインメント業界で高まる危機感を表明したい」とパーティーの代わりに抗議集会を開くことにしたのです。さらに米国自由人権協会と米国を拠点とする難民支援団体に25万ドルを寄付する予定であることも明かしました。

 そしてこれらの政治情勢は、受賞作にも影響を与える可能性も取りざたされ始めています。作品賞にノミネートされた「LION/ライオン~25年目のただいま~」がロサンゼルス・タイムズ紙に掲載した投票を呼び掛ける広告は、投票を呼び掛けるものではなく、トランプ大統領の人種差別的な政策への抗議広告だと話題になっています。半ページ広告には、「優秀な8歳の俳優サニー・パワーが初めてアメリカに来られるようビザを取るのはとても大変でした。来年にはもう無理なことになっているかもしれません」と、主人公の子供時代を演じたムンバイ出身のパワーを渡米させるための苦労がつづられています。「自分がどこから来たのか忘れないで」とのメッセージと共に、アメリカの移民政策への抗議を表明したのです。

 先月行われたゴールデン・グローブ賞では、セシル・B・デミル賞を受賞したメリル・ストリープが、授賞式でトランプ大統領を痛烈に批判するスピーチを行い、会場から大きな拍手を受けました。また、全米俳優組合(SAG)賞授賞式でも、オープニングのスピーチをしたアシュトン・カッチャーが「空港にいる僕のアメリカに属する人たち。あなたは我々の一部であり、あなたたちを愛しています。あなたたちを歓迎します」と語り、大統領令によって空港で拘束されている移民たちはアメリカの一員であると強調するスピーチを行いました。この授賞式では、サイモン・ヘルバーグが「難民歓迎」と書いた紙を手に大きく開いたドレスの胸元に「彼らを入れてあげて」と書いた妻のジョスリン・タウンと共にレッドカーペットを歩き、同様にトランプ大統領の入国禁止令に抗議。

 こうした流れを受け、アカデミー賞授賞式も政治が色濃く反映される可能性は高く、また投票する側もこれらの情勢を反映した作品を選ぶ可能性もありそうです。今年は史上最多タイの14部門にノミネートされているミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」が最有力候補と言われていますが、人種や貧困といった社会問題に焦点を当てた「ムーンライト」にも改めて注目が集まることも考えられ、最後の最後まで賞の行方は分からない混戦模様となりそうです。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)