<本日のごのへのごろく 「“テンプレ”を 上書きしましょう リハビリで」>

 「機能性発声障害」。声帯にはなんら問題がないのに、声が出しにくい脳の病気。特に歌声が裏返る「歌唱時機能性発声障害」に悩むプロのボーカリストが増えています。ボイストレーナーの“りょんりょん”こと佐藤涼子先生が「イヤモニが要因のひとつではないか」と発信され、声の専門家・山崎広子先生は、なぜイヤモニが原因となるのかを解説してくれました。では、どうすればいいのか。連載『ごのへのごろく』トーク編第37回、今回は「機能性発声障害の治し方とは」です。

 ■機能性発声障害の治し方を取材■

 イヤモニの音が大きいと、「骨導音」が聞こえなくなり、ほんのわずかに遅れた「気導音」のみを聞いてしまうことで、脳内に“バグ”が生じるような状態になることを、前回まとめました。(詳しくはトーク編第36回・前編へ)

 そんな「機能性発声障害」の治し方についても、山崎先生に取材しました。

 ■リハビリはテンプレートの上書き■

 まず、治し方はひとつではなく、人それぞれ合うものと合わないものがあるので、いくつか試してみて、良さそうなものを繰り返し行うのがいいそうです。それを山崎先生は「テンプレートを上書きする」と表現されます。

 たとえば、一度「声を出そうとすると喉がけいれんする」というテンプレートが脳内に強く刻まれると、脳はそのテンプレートを取り出しやすいので、“けいれんテンプレート”ばかり引き出してしまいます。それが出てこないように、正しいテンプレートを上書きするのです。

 テンプレートを上書きする方法は、「成功体験を積み重ねる」ことで「脳に覚えさせる」というもの。

 ■方法1:イヤモニの音量調整■

 イヤモニが原因であるプロのボーカリストは、イヤモニの音量を調整するという方法があります。大きな音で“返し”を聞くのが問題なので、“返し”の音を小さくするということです。さらに、イヤモニを片耳にして、「骨導音」が聞こえるようにする方法もあります。

 ■方法2:耳栓をして歌ってみる■

 イヤモニをはずし、耳栓をして、「骨導音」だけを聞いて歌うという練習方法もあります。そうすることで、骨導音がきちんと脳内に響くようになります。

 ■方法3:モニターを転がしにする■

 「転がしモニター」(“返し”を流すスピーカー)を使う方法もあります。イヤモニのように耳にダイレクトに遅れた音が聞こえるのとは違い、空気の振動となるので、脳内の混乱が減ります。また、イヤモニをしているときに聞こえなかった、ファンの方の声援がきちんと聞こえるようになることが、安心材料となることが期待できます。

 そして、心身を健康に保つことも大事です。

 ■大前提:心身を健康に保つこと■

 ボイストレーナーの佐藤先生も、生徒が機能性発声障害を患うパターンとして、風邪をひいている日や、精神的に落ち込んでいる日などの“声の出”が悪い時に、無理矢理歌ってしまった日から始まることが多いとおっしゃっています。

 ■脳は体を治すことに神経を送る■

 山崎先生によると、そもそも「脳」というものは、心身ともに良い状態を保とうとするものなのだそうです。風邪をひく、あるいは筋肉痛が激しいなど、体に問題がある場合、「脳」は「治そう」と忙しく働きます。そんなときに、イヤモニを大音量で聞きながら無理に歌ってしまうと、発声障害が起こりやすくなるのです。

 きちんと寝て、しっかり食べて、健康を保つというのも、大事なリハビリです。

 ■寝ないとダメ・休みすぎもダメ■

 ただ、休みすぎは良くありません。声帯を1〜2日休めるのは大丈夫ですが、3日以上休んでしまうと、脳はなまけるような状態になるので、継続的にリハビリを行う必要があります。

 他にも、ハミングを応用したり、リズムを変えて歌うことで、強く刻まれた悪いテンプレートを崩す、などの方法があります。

 ■本当に自分を治せるのは自分だけ■

 「自分の最高のトレーナーは自分」と、山崎先生はよくおっしゃいます。自分で「こうしたらうまくできた」、「今度はここまでやってみよう」と、まずは自分自身で、身体と脳の状態を確かめながらトレーニングするのです。

 これは機能性発声障害のリハビリに限らず、しゃべる人すべてに当てはまることだと思いました。

 (次回トーク編は第38回「オーセンティックボイス」の予定です)

【五戸美樹】(日刊スポーツ・コム芸能コラム「第60回・元ニッポン放送アナウンサー五戸美樹のごのへのごろく」)

 【参考図書】山崎広子先生の著書『8割の人は自分の声が嫌い 心に届く声、伝わる声』(角川新書)、『人生を変える「声」の力』(NHK出版)。

 ◆山崎広子(やまざき・ひろこ)国立音楽大学卒業後、複数の大学で音声学と心理学を学ぶ。音が人間の心身に与える影響を、認知心理学、聴覚心理学の分野から研究。音声の分析は3万例以上におよぶ。また音楽・音声ジャーナリストとして音の現場を取材し、音楽誌や教材等への執筆多数。「音・人・心 研究所」創設理事。NHKラジオで講座を担当したほか、講演等で音と声の素晴らしさを伝え続けている。

 ◆佐藤涼子(さとう・りょうこ)国立音楽大学声楽科卒業。二期会オペラスタジオ32期生として学び、オペラやミュージカルの舞台で活躍後、クラシック音楽の枠を越えて活動の幅を広げ、レコーディング、TV、ライブ、CM音楽に、ゴスペルコーラスとして参加。現在、数多くのプロのアーティストに、独自の「歌道〜りょんりょん流〜」のボイストレーニングを行っている。基礎を固め、個性は守り、声力と歌唱力を上げ、表現力のバリエーションを広げるレッスンには定評があり、これまでに1000人以上を指導。そのうち過去10年間でNHK紅白歌合戦に出場したアーティストは、50人以上。今年でボイストレーナー歴29年目。著書に『驚くほど声がよくなる!歌が上手くなる!カリスマボイストレーナーりょんりょんのボイストレーニング』(東京書店)など。