落語芸術協会(桂歌丸会長)の桃太郎門下の昔昔亭桃之助(46)、鶴光門下の笑福亭和光(44)が5月上席の新宿末広亭から真打ちに昇進する。桃之助、和光ともに02年の入門で、前座・二つ目を15年つとめての昇進となる。2人ともに社会人生活を経験した後の遅い入門だった。

 桃之助は東京・江東区生まれの下町育ちで、小さい頃から落語を聞いていた。日大文理学部で落語研究会に所属したが、卒業後は落語ではなく、漫才の道に進み、漫才コンビを結成した。しかし、まったく売れずにコンビも解散。職業を転々として浅草の老舗つくだ煮店で勤務していた時に一念発起。好きな落語にチャレンジしようと30歳を過ぎて入門した。兄弟子には一足早く入門した日大落語研究会の後輩もいたが、「31歳で入門して、一回り下の兄さんに怒られてきました。でも、1日早く入門した兄さんはいろいろと知っていたので、(兄さんと)呼ぶのに抵抗はありません。下町のきちんとした言葉遣いのできる落語家になりたい」。

 和光はトラック運転手をしていた時に師匠となる鶴光のラジオ番組を聴き、「こんなに面白いものがあるのか」と落語の道を志した。栃木・宇都宮で生まれたが、大阪弁の落語に挑んでいる。和光は「東京に出て(入門まで)10年。栃木なまりが抜けた状態で上方落語に入っていけた。笑いの多い演目を心掛けて、『あー楽しかった』と思っていただける笑い声を目指したい」と話すが、鶴光は「なまりがいい味になっている。これを武器に和光流の落語を目指してほしい」。

 師匠から言われて心に残る言葉を聞かれると、桃之助は「落語ばかりやっていてもダメだ」と答え、和光は「『迎え手よりも送り手やな』という言葉です。登場した時の拍手より、終わって引っ込む時の拍手が多い落語家になれということだと思った」という。

 2人に限らず、30代での入門も増えている。入門時33歳以上の二つ目で「若いおじさんの会」という落語会を開催している。柳家さん光ら4人で、前職も編集者、情報系企業勤務とさまざま。高校や大学を卒業して、すぐ入門するより、社会人生活を経ての遅い入門も、長い目で見ると悪くないかもしれない。桃之助も「いろいろな職業を経験したことが落語にも生きてくると思う」と話している。落語ブームの中、社会人経験のあるおじさん落語家にも活躍の場が広がりそうだ。【林尚之】