大学ではデンマーク語を学んだ。第一志望に落ち、第二志望で外大に行くことになったが、そこで選んだのは英語でもフランス語でもドイツ語でもロシア語でもなく、日本では珍しいデンマーク語だった。社会福祉が広範囲に進んだ先進的な理想国家というイメージがあり、北欧独特の文学、哲学にも興味があった。

 入学したのは74年だが、その5年前の69年にデンマークの少年養育施設で、子供への強制暴力・薬物投与などの虐待事件が発覚した。その中で起こった愛と奇跡の物語を描いた映画「きっと、いい日が待っている」(配給彩プロ)が8月5日から東京・恵比寿のガーデンシネマほかで全国公開される。監督は新鋭のイェスパ・W・ネルソン。デンマークのアカデミー賞と言われる映画賞で作品賞など最多6部門を受賞した。

 母が病気となり、13歳のエリックと10歳のエルマーは少年養育施設に収容される。強権的な校長のもと、職員は暴力を振るい、上級生もイジメを繰り返す、悲惨な施設だった。逃げ出そうとして連れ戻された2人は、理解ある女性教師に「言いつけを守れば、最後は報われる」と諭され、退所の日まで目立たないようにしようとする。しかし、退所直前、校長からさらに3年は施設にいるようにと告げられ、絶望したエリックは校長に反抗し、瀕死(ひんし)の重傷を負う。そんな兄の姿を見たエルマーは、退職していた女性教師に助けを求め、憧れた宇宙飛行士の扮装(ふんそう)で、ある行動を起こす。

 物事には光と影はあるもので、制度としての社会福祉が整備されていたとしても、それを運営するトップの考え方次第で、どうにでも変質してしまう。校長には女王から叙勲される話があるなど、社会的な名士で、自分なりの教育理念を信じて疑わない。校長役のラース・ミケルセンは、そんな男の怖さと不気味さを見事に演じている。

 そして、兄弟を演じたエリック役のアルバト・ルズベク・リンハート、エルマー役のハーラル・カイサー・ヘアマンはともに長編映画は初めてだそうだが、素晴らしかった。リンハートは弟を守るために文字通り体を張って校長たちに対抗していくエリックを好演し、ヘアマンは次々と襲いかかる逆境にたくましさを増していき、最後は奇跡を起こす夢想家のエルマンをけなげに演じていた。特に、ヘルマンの優しくも悲しいまなざしに、キュンとする女性も多いだろう。

 デンマーク映画で、当然、デンマーク語での上映だった。どこまで理解できるか、最初は字幕を見ないようにしていたが、わずか3分で断念した。4年間学んだはずの語学力は、もうすっかりさび付いていた。【林尚之】