井上ひさしさんの作品だけを上演する劇団こまつ座が「きらめく星座」を23日まで、東京・新宿の紀伊国屋サザンシアターで上演している。1983年創立のこまつ座にとって、120回目となる記念の公演でもある。

 「きらめく」は創立から2年後の85年に初演された。東京・浅草のレコード店「オデオン堂」を舞台に、洋楽を好む、のんきな一家に戦争の影がしのび寄り、大好きだった「青空」「月光価千金」という曲も敵性音楽として禁止される。店を整理の対象とされ、一家は長崎、満州へと散りぢりになる。普通に暮らしている庶民が戦争によって翻弄(ほんろう)される様を描いた、井上作品の傑作です。

 その中でも、オデオン堂に下宿する広告文案家の竹田が、「人間」という商品の広告を頼まれたなら、「『人間』を宣伝する文案は、こう書くしかないんじゃないでしょうか」と語る、せりふが大好きです。

 「この宇宙には4000億もの太陽が、星があると申します。それぞれの星が平均10億の惑星を、引き連れているとすると、惑星の数は約4兆。その4兆の中に、この地球のように、程よい気温と豊かな水に恵まれた惑星はいくつあるでしょう。たぶんいくつもないでしょう。だからこの宇宙に地球のような水惑星があること自体が奇跡なのです」。

 「水惑星だからといって、必ず生命が発生するとは限りません。しかし地球にある時小さな生命が誕生しました。これも奇跡です。その小さな生命が数限りない試練を経て、人間にまで至ったのも奇跡の連続です。そしてその人間の中にあなたが居るというのも奇跡です。こうして何億、何兆もの奇跡が積み重なった結果、あなたも私も今、ここにこうしているのです」。 「私たちがいる、今生きているというだけで、もうそれは奇跡の中の奇跡なのです。こうして話をしたり、誰かと恋だのけんかだのをすること、それもその1つ1つが奇跡なのです。人間は奇跡そのもの。人間の一挙手一投足も奇跡そのもの。だから人間は生きなければなりません」。

 井上さんは、作品の中に至極とも言えるせりふを数多く残していますが、「人間の奇跡」は最高の名せりふでしょう。劇中では「青空」「一杯のコーヒーから」「小さな喫茶店」など戦前にヒットした歌謡曲が歌われます。「一杯のコーヒーから」は藤浦洸作詞、服部良一作曲のジャズ調の歌ですが、歌詞は「一杯のコーヒーから、小鳥さへづる 春も来る」と何とものどかです。発表は1939年で、太平洋戦争の始まる2年前。井上さんは、作品の中で声高に反戦を叫ぶことはないけれど、いつ訪れるか分からない戦争の恐ろしさをしっかりと描いています。観劇した日は、後方に空席がありました。多くの人に見てほしい作品です。【林尚之】